心臓が止まりそうになった。
どういうわけか、足が『動かない』のだ。逃げようと思った矢先に自由を奪われ、私は迫り来る恐怖に失神しそうになる。
なんで……足が動かないの?
恐怖で動けなくなったのではない。足に力は入るのに、何か見えない力で縛られているかのように、全く動かせないのだ。
それでも、まだ手が動いた。震える手でどうにか上着のポケットの中にある携帯電話を取り出し、救援を呼ぼうと私は電話を掛けた。
だが、いくら待っても先生が出る気配はない。携帯の電子音が空しく辺りに響き渡る。
どうすればいい? 足が動かない、救援も呼べない。こんな薄気味悪いところで一体どうすれば……。
逃げられないという絶望感に加え、不気味な雑木林に背を向けている今の体勢がさらに恐怖を増す。
そもそも、私の足を縛っている原因は、なんなのだろう?
考えれば考えるほど恐ろしい。大体人間を金縛りにするものなど、まともなものでない事は目に見えている。このまま気を失ってしまえばどれほど気が楽か……。かろうじて意識を保ったまま恐怖に打ち震えているのが、一番生きた心地がしない。
この際勇気を出して大声で助けを呼ぼうか。そう思った時……。私は本当の恐怖を感じた。
居る……。何かが、私の後ろに居る……。
声も発さず、音も立てず、言いようのない気配だけが、背中に突き刺さり、全身に鳥肌が立つ。
なんとなく分かる。その『何か』は何もせずに、後ろからただじいっと私を見つめているのだ。
恐怖が、私の命の灯火を吹き消してしまいそうな気がした。
確認しなければ……。私の後ろの居る何かを……。
なんでもないと分かれば、それで救われるのだ。そうでもしないと、今のままではそのまま気を失いかねない。覚悟を決めて……。
ゆっくり……私は後ろを振り向いた。
今度は、呼吸ができなくなった。
それは恐怖のせいなのか、今、目の前にいる『それ』のせいなのか……。
目の前には小さな影が……そしてその影が持つ2つの真っ赤な目が……振り向いた私をじっと見つめていた。