あの時の真純先生の言葉の真意がよく掴めぬまま、私たちは夕食の為に朝と同じ広間に来ていた。
テーブルに所狭しと並べられた料理の山。簡易釜戸の皿の上には牛肉としらたきやらなにやら……。側の小さな皿には生卵があるところからして、今夜はすき焼きらしい。
丁度同じ頃に風呂を終えたティコとロックが、テーブル越しに顔をつきあわせて何かしゃべっていた。
私「どうしたの? 二人とも」
ティコ「あ、いえ……こいつが、火がまた恐いとか言い出しまして」
ロック「があっ! お前言うんじゃねえよ!!」
ロックが勢いよく立ち上がろうとしたところを、側で全員分のご飯をよそっていた仲居さんが笑いながらなだめすかした。
仲居「あら大丈夫ですよ。私が今付けますから」
チャッカマンを手にとって、一つずつ固形燃料に火を付ける。それを側でおそるおそる観察しているロックは、どことなく顔をこわばらせているように見える。どうやらこの調子では、彼は火が消えるまですき焼きには手が出せそうもない。
仲居「お飲物はいかがなさいますか?」
真純「生ビールくださいな〜☆」
風呂から出たばかりで顔もまだ少し赤らんでいる。加えて先生のこのテンションならもう酒が入ってるような気がしないでもない。ずり落ちそうになる浴衣の襟を直しながら、彼女はさらに付け加えた。
真純「あ、いっぺんに2〜3本持ってきて良いよ」
私「ちょっとぉ、そんなに頼んで大丈夫なんですか?」
真純「大丈夫じゃないの? 美月だって」
私「私そんなに飲めませんよ。ティコやロックだってまだ未成年だし」
ティコが苦笑混じりに口を挟んだ。
ティコ「ええ、私はウーロン茶にしますから。ロックは昨日と同じオレンジジュースですよね」
ロック「……笑うんじゃねえぞ」
ティコ「かすみちゃんもだよね」
かすみ「あ、はい、お願いします」
注文を聞き終えた仲居さんがお盆を持って立ち上がろうとすると、真純先生が何か思い出したように尋ねた。
真純「そういえばさ、昨日から外がなんか騒がしかったけど、なんかあったの?」
その先生の言葉を聞くと、仲居さんはそれまでの柔和な顔を少し曇らせた。あまり良い事ではないらしい。立ち上がろうとした腰を再び落ち着けて、仲居さんは苦笑混じりに口を開いた。
仲居「一昨日、近くの工事現場で爆発事故がありましてね。ニュースでも取り上げられまして、お客さん方もご覧になりませんでした? もうあそこら辺は野次馬でいっぱいなんですよ」
そう言って、少し迷惑そうな顔を顕わにする。確かに、この辺りは落ち着いた雰囲気というのが旅行客にとって魅力に感じられるところだというのに、これだけ人が集まって騒がしくなってしまえばやはりその価値も減じてしまう。思えば昨日、旅館付近の道路には人が随分といたような気がする。パトカーなんかもちらほら見受けられて、少しあっけに取られてしまった。
仲居「今日あたりは、少し近所も落ち着いてきたみたいですけどねぇ。
角栄は昔からのどかな場所なんですから……」
角栄、という言葉が私の記憶の琴線に触れた。なんて事だろう。詳しい旅館の場所なんて先生に任せっきりにしていたから、今まで全然気づけなかった。いやそれでも運転してた時に標識くらい見ただろうに、どうして思い出せなかったのか……。
ここは、私の生まれ故郷の町なのだ。
仲居「なんでも、事故現場には爆発の原因になるような物は一切無かったそうなんですよ。警察の人たちも首を傾げるばかりで……」
仲居さんの話もそっちのけで、私は昔の記憶を少しずつたぐり寄せようとしていた。18歳の時までずっとここに住んでいたのだ。そういえば、今ユーイチお兄ちゃんのお屋敷はどうなっているだろう……。
ティコ「どうしたんですか? 姉さん」
心配そうに私の様子を見つめるティコに作り笑いをして、私はわだかまりを抱えたまま料理に箸を付けた。