P.E.T.S[AS]

第5話「温泉旅行」

かすみちゃんに連れられてやってきた広間には、木製のテーブルの上に所狭しと料理の皿が並べられていた。
テーブルの側には人数分の分厚い座布団が敷かれ、ロックとティコがその上に座って料理をつついている。正面の壁には立派な虎と龍が描かれている日本画の掛け軸があり、隔てて右脇には大きなカラオケセット。カラオケかぁ、今夜あたりでも使わせて貰おうか……。

ロック「おっ! 美月おはー!」
ティコ「よく眠れましたか?」

二人とも当然の如く、私服に着替えていた。
ティコが着ているのは白いズボンに、落ち着いた薄いグレーのセーター。彼の銀と黒の髪も含め、全てモノクロ調で通している。ロックは藍色のジーンズ、そして何時だったか沢山のカラーから散々悩んで決めた、ブラックのユニ○ロ製フリース。ここだけの話、私の元へやってきて間もない頃は襟に羽根の付いたいかついジャンパーを好んで着ていたのだが、おっ立てた金髪とそのガタイも手伝ってまんま不良に見えてしまっていた。私の提案で今ではこんな形になったが、まあこれで少しはかわいく見える。

私「おはよう、二人とも。もうバッチシ寝過ぎたよ。私の席は?」
かすみ「あ、そこです」

彼女の指さした席にはまだ手の付けられていない料理の群れが……。ほっ、よかった。取られてないみたい。
かすみちゃんも自分の席に戻って食事を再開し始めた。私のせいで中断させちゃったか。ごめんね。ちなみに、席はちゃっかりティコの隣だ。先生のやたら余計に気のきく配慮だろうか。もちろん、先生もティコの隣だったりする。

私「あれぇ、先生は?」

その肝心の先生の姿が見えない。料理の皿は全て空、すでに食べ終えたようだが、トイレにでも行ったのだろうか。

ロック「あ〜、先生はね……」
真純「ここよぉ〜」

いつもからは考えられないような、しおしおした先生の声がテーブルの向こう端の下辺りから聞こえた。声のする方へ近づいてみる。

私「ありゃ、先生……」

動きやすいズボンにベストといったいでたちの先生が、畳にうつぶせに寝そべって書類の束と格闘していた。
書きづらいだろうに、座布団をクッション代わりにしてあごを乗せ、両手を伸ばして奇怪なポーズでボールペンをつれつれと走らせている。明らかにやる気ゼロだ。

真純「ふぴ〜〜〜……ど〜して旅行先でこんな事しなきゃいけないのよぉ〜」

自業自得でしょう。取引先との契約についての書類の山を、だいぶ前から放っておいていたのだ。いくら相手が旧知の仲とはいえ、いつまでもずるずると提出期限を延ばす事が許されるわけではない。特に今回はお金のやり取りに関する書類だったらしく、昨日の夜とうとう、先生の携帯に催促の電話が来たのである。たとえ仲良しでもお金に関してはクリーンでありたいって事なんだろうか。その時の先生の顔、できれば写真に納めたかった……。

真純「うにょ〜ん……眠いよぉ〜〜〜」

昨日の夜からずっとこんな調子で書類とのにらめっこを余儀なくされているのだ。しかしこの先生の事、持ってきた荷物にたまたま書類がなかったら、きっとかかってくる催促にも平気な顔をしてずっと旅行を満喫しまくっていたに違いない。

真純「めんどっちいな〜、あと8ページもあるよ〜。新聞のチラシでも混ぜてごまかしちゃおうかな」

もしかして私の給料も、あんな感じで決めてるんだろうか……。

ティコ「姉さん、もう時間がないので早めに食べないと」

そうだったね。先生の『痴態』を横目に、自分の席に戻って今朝の料理を眺める。
丸い蓋が被せられている黒いお椀は、お味噌汁だろうか。エビを初めとする天ぷらの香りが香ばしい。手前にある小さな皿には鮮やかな朱色をしたたくあんのお漬け物。やたらと目を引く、懐かしい固形燃料が中に入っているコンロの様な台座の上には、釜飯ご飯が……。その脇には艶々と脂ののったお刺身が白い陶器の皿に盛られ、綺麗な光の乱反射を振りまいていた。
まあようするに、美味しそうという事ですな。
さて、いっただっきま〜す☆ まずは釜飯に火を付けないと……。

私「ねえロック、そこのチャッカマン貸して」
ロック「えっと、これか?」
私「そう、それ」

ロックはテーブルの上に置かれているチャッカマンを、黙って凝視していた。
そして、全く動かない。口をあんぐりあけて目はチャッカマンに釘付け、少し滑稽な絵だ。
私に渡してくれそうな気配は全くない。

ティコ「私が取りますよ。はい」
私「あ、ありがと……」
ティコが、私の耳元に近づいてそっとささやいた。
ティコ「(ロックは、『火』が苦手なんです)」

あまりに突拍子のないティコの言葉に、私は肩すかしを食らった。火が苦手?
苦笑混じりに続けるティコによると、先程も怖がるロックに変わって、ティコが彼の釜飯に火を付けたのだという。理由を聞いたが、ティコは何故か教えてはくれなかった。
ただ、守護天使はだれでもそういった『トラウマ』のようなものを抱えているのだという。

ロック「ゴメン。美月……」

私たちのひそひそ話が届いたか届かなかったか、ロックは下を向いてしょぼくれてしまった。そのしぐさがあまりに犬の頃そっくりだったので、思わず私は顔がほころんでしまう。

私「気にしないでいいよ☆」

そういえば、普段料理でガスコンロを使うのはもっぱらティコだった気がする。その時ロックは包丁で野菜を切るか、非常の買い出しに出かけるかだった。気づける要素はあったはずなのに……観察力がないね。私。これじゃご主人様とはいえないかな。
ほんの少しだけしんみりしてしまった部屋の空気を洗い流そうと、私は話題を変えた。

私「ねえ、ご飯食べ終わったら、これからどうする?」
ティコ「あ、それなんですけどね。さっきから先生が……」

真純「卓球よ!卓球!!テーブルテニス!!!

先生がわめいた。ストレス溜まってるのは分かるけど……外出先で壊れるのは止めましょうっていつもいつも……。先生が握り拳を作って立ち上がる。

真純「温泉旅館といえば卓球じゃない!?
   ライバルと命を削りながら直径38ミリの球をひたすら『撃ち』まくる!……燃えるわぁ〜〜〜☆」

いや……卓球なんかで命削りたくないっす。

ロック「俺そういうの大好きっすよ!やりましょう先生っ!」
かすみ「あ、あの……私も、やってみたいです」
真純「その意気や良し! じゃあ向こうにいったらさっそく勝負しましょう☆」

ティコと私を除いてみんな賛成らしい。まあ、良いけどね……。

いつの間にか止まっていた箸を再び動かす。今日のデザートらしき物が入っている皿を見つけ、それを覆っている和紙の蓋を外してみると……。

私「あれぇ? ない!」

デザートは、跡形もなく消え去っていた。
どういうこと? コックさんか仲居さんが入れるの忘れた? それとも……。
………
まさか……。

真純「ごめん。そのデザートあたし食べた」
おい!

ロック「すんまそん、俺イカの天ぷら貰った」

ちょっと……。

ティコ「申し訳ありません。実はマグロの刺身を一切れ……」

ティコ!?

かすみ「ごめんなさい! たくあんのお漬け物を一つだけ……」

か、かすみちゃんまで!?

真純「いやぁ〜☆ みんなで取っちゃえば私の罪が軽くなるかと☆」

あんたの指図かい……。


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