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第4話「オトナの女性」

「だからさ、ごめんって」
「うぐ……ヒック……」
「アンタがあんまり可愛いからさ、ついいじめたくなって。ごめんっ!」

泣きじゃくりながら両腕の袖で涙を拭く私に、その女の子は両手を重ね合わせて合掌し、謝った。

「グス……もう……いじめない?」
「いじめないからさ」
「うん……」
「許してよ」
「……うん……」

そう簡単に許していいものか迷ったが、変なことを言えばまたやられそうなので止めた。私のお人好しはこの頃からさかのぼるのか……。

「ね、アンタの名前、なんて言うの?」

女の子は私の頭をぽんぽんと叩くと、再び目を輝かせて尋ねてきた。

「美月……朝村美月だよ……」
「みつきちゃんね、よ〜し!覚えた!」

この女の子の事がまだつかみかねる私だったが、どうやら私と友達になりたいということだけは確からしい。
もしかして、いじめ友達?
そうならないように私はただ祈るばかりだった。

「ね、あたしの名前知りたくない?」

首を横に振ったらどうなるんだろう。またもや余計な邪念が入るが、その結果は火を見るより明らかなので、とにかく私は素直に首を縦に振った。

「あたしはね、真純。藤原真純よ」

真純という名前よりも、名字の方が妙に気になってしまった。
さっきどこかで聞いたような気がする。

「真純お姉ちゃんと呼びなさい☆」
「さっきのゲイジュツカの人もその名字だったよ」
「え?」

いきなり話の腰を折られ少々恐い顔をするお姉ちゃん。

「ああ、あれはあたしの親父」

不機嫌な顔のままお姉ちゃんは答えた。
女の子なのに自分の父親を「親父」と呼ぶその感覚は、私にとって容易に理解できるものではなかった。
まるで男の子みたいだ。現に彼女のショートカットの髪型が、さらにその印象を際だたせていた。

「親父ね、ここで天使の石像の発注受けたんだけどさ。まだ完成してないのに、それでもいいから納品してくれって言われたもんだからキレだしたのよ」
「てんし?」
「そう。明日ここに納品するの。未完成だけどね」

絵本とかに出てくる、背中に羽が生えていて頭に輪っかのある子供や女の人だということは、私も知っていた。
困った人たちを助けてくれるいい人たちだ。天使が来ると幸運がやってくる。絵本にそんなことが書いてあったっけ。
じゃあ、このお屋敷には幸福が訪れるんだ。
おじさんが早く欲しがるのは、そのせいなのかな……。

「あ!この子。かわいぃ〜☆」

少し離れて様子を見ていたティコが真純お姉ちゃんの側までやってくると、お姉ちゃんはすぐに気が付いて彼を抱き上げた。
もともと人間に慣れているのだろう。早くもお姉ちゃんに対する警戒を解いて、その身を彼女の腕に任せている。

「へぇ〜、シャム猫じゃないこの子。今度粘土で作ってみようかな」

お姉ちゃんはティコの顔をまじまじと見つめて言った。

「ねんど?お姉ちゃんって工作得意なの?」
「あったりまえ!あたし彫刻家の娘だもん」

得意げな顔をする彼女。

「あの……みつきはね。粘土、苦手なの」

幼稚園でやるような事の大半には自信があったが、唯一、粘土で何かを作るのが苦手だった。あのべとべとした感触もあまり好きではないが、なによりあれで何を作ればいいか分からない。
題材が見付かっても、なかなかうまく作れなかった。粘土をこね適当な部品を作ってから後でそれらをつなぎ合わせるのだが、私がいくらやろうとしても粘土の表面が乾いてすぐにとれてしまう。
私は不器用なんだ、と最近になって思い始めていた。

「ふ〜ん。だったらこれからも会わない?教えてあげるよ」

願ってもないお姉ちゃんの言葉に、私は驚くとともに大喜びした。

「ほんと!?」
「うん。任せなさいって☆」
「やったぁ! ありがとう! 真純お姉ちゃん」
「先生と呼びなさい☆」
「はい! 真純先生!」

粘土を触るのはずっと嫌だったけど、でもうまくなりたいとどこかで思っていた。そんな私の思いに答えてくれる、ちょっとだけ年上の師匠が現れたのだ。

お姉ちゃんはできたばかりの弟子の喜ぶ姿を見てご満悦の様子だったが、途中何を思ったのかティコを地面に降ろして言った。

「この子、あのカッコイイお兄ちゃんの飼い猫なんでしょ?」
「ユーイチお兄ちゃんのこと知ってるの?」
「前に来たときに見たよ。すっごく格好良かったぁ☆ ファンになりたい☆」

お姉ちゃんは目をきらきら輝かせて言った。両手をお姫様みたいに組んでため息をつく。
正直言って、あんまり似合わない。

「ちょこっとしか見たことないからさ、今日会って私の顔覚えてもらおうと思うんだぁ☆」
「今ね、お兄ちゃん居ないんだって」
「ええ〜!?」

それで私もがっかりしているのだ。
だんだんお姉ちゃんと私の息が合ってきたことに不思議な感覚を覚えつつ、私はティコを抱きかかえて聞いてみた。

「ねえティコ。お兄ちゃんいつ帰ってくるんだろうね」
「そんなんその子に聞いたって分かるわけないでしょ?ま、会えないんじゃしゃ〜ない。私そろそろ帰るわ」
「帰っちゃうの?」
「うん、じゃあね。ば〜い☆」

お姉ちゃんは私とティコに手を振ると、庭園の出口に向かって駆けていった。

「あ、待ってお姉ちゃん。今度いつ会えるの?」
「え〜?知らなーい。そのうちきっとまた会えるわよ!」

お姉ちゃんは振り向いてそう叫ぶと、再びきびすを返して走っていった。

あんまり細かいこと気にしないんだね。お姉ちゃんが少しうらやましいな……。


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