「お呼びしておきながらお待たせしてしまって、申し訳ありませんな。朝村さん」
白髪がちらほらと見受けられる、初老のこの屋敷の主は私たちをソファーに座らせると、落ち着いた口調で詫びた。
「先程のお客とはすぐに話がつく予定だったんですが……その話が多少こじれましてね」
使用人らしき人が入れた紅茶に少し手をつけて、お父さんは口を開いた。
「先程の方は、彫刻家の?」
「ええ、藤原 哲先生です。いや、あれは相当怒らせてしまった」
おじさんは苦笑いすると、紅茶のカップに砂糖を入れながら言った。
「少々無理をお願いしましてね。やはり芸術家にとってはしゃくに触ったのでしょう。まあ最後はなんとか聞き入れてくれましたが」
ゲイジュツカ……聞き慣れない言葉だったが、確か絵を描いたり、工作をする人だということは私も知っていた。
でも、あんなに大きな声でどなり散らす人の絵とか工作ってどんなものなんだろう。
「お嬢さん、またどこかで遊んできますかな?」
おじさんが、早くも気を利かせてくれた。
もちろんイエス。ユーイチお兄ちゃんとティコとの対面もいよいよだ。
「あの……お兄ちゃんは……」
思い切って私は口を開いた。すると……。
「え?ああ……祐一か。あれはまだ学校から帰ってないんですよ。」
なんとも絶望的な答えが返ってきた。
屋敷に着く前から抱いていた期待が、一気にくじかれてしまう。
それではここに来た意味が全くない。早くも倦怠感が私の脳を蝕ばんでゆく。
「ティコならどこかにいるかもしれませんね」
おじさんのその言葉が、失望の谷底に転落しかかっていた私を辛うじて引き留めた。
「探していいですか?」
「ええ、もちろん」
おじさんはにっこりと笑った。