幼稚園からお母さんに連れられて帰ってきた夕方。
私はすぐに出かけることになった。お父さんと一緒に、ユーイチお兄ちゃんのいるあのお屋敷へ。
今朝から私の心はどんよりと曇っていたままだったが、ユーイチお兄ちゃんとティコに会えるという期待は、そんな私を十分過ぎるほど慰めてくれた。
本当は一人で行きたかったけど……。
無言で道を歩くお父さんの顔。私にとって、それは頼もしいものであると同時に、私の心を萎縮させてしまうものでもある。
私という存在は、お父さんの手の上でだけ、許されるのだろうか。
それは、娘の私が大事だから?まだ私が小さいから?
大きくなったら、大丈夫かな……。
お屋敷に着くと、応接間ではなく、その隣の一室に案内された。
私たちを案内した家政婦らしき女の人が、お父さんに静かに頭を下げて詫びていた。
どうやら先客がいるらしい。
私はお父さんの隣で小さめのソファーに座り、家政婦の人が入れてくれたジュースを飲みながら、早くもユーイチお兄ちゃんとティコに会いたくてうずうずしていた。
家政婦がドアを閉めて出ていくと、しいんと私たちの居る小さな洋間が静まりかえる。
お父さんと一緒にいるときに、あたりが静かになるのはどうにも苦手だった。
否が応でもお父さんを意識しないわけにはいかなくなってしまう。一体何を話せばいいのか。
親子なのにこんなことで悩んでしまうなんて、どこかやり切れない空しさを感じてしまう。
だが、幸い、と言うべきなのだろうか。その静寂はすぐに打ち破られた。
「!!!!!」
隣の応接間から、男の人の大きな怒号が響いてきたのだ。
どこか人間離れした、獣のような声だった。
私は恐怖で身体が固まってしまって、飲みかけのジュースのコップを手に持ったまま、動けなくなってしまった。
首だけかろうじて動いてくれたので、やっとの思いで隣のお父さんの顔を見た。
「ずいぶんと礼儀知らずな奴だ」
お父さんはソファーに腰をどかっと落ち着かせたまま、何事もなかったかのように言った。
「美月、心配しなくていい」
私の張りつめた心は、お父さんのその一言でふっとほぐれていった。
しかし私の不安を消したものは、それだけではなかった。
それはお父さんに対する、私の信頼の再確認ができたことだった。
さっき、私は反射的にお父さんの方へ振り向いて、彼に安心を求めたのだ。
お父さんは強い人だ。強くて優しい。厳しいから、少しだけ恐く見えるだけなんだ。
頭の中が整理されて、私はとても嬉しくなった。
しかし、バタンっとドアを乱暴に閉める音がして、私は再びすくみ上がった。
どん、どん、という乱暴な足音が私たちのいる部屋の前を通りすぎ、やがて聞こえなくなった。
するとほとんど間を置かずに家政婦の女の人がドアを開けて入ってきた。
「朝村様、お待たせいたしました。応接間へどうぞ」