「わぁ……」
目の前に映った光景を目の当たりにして、私の心は一気に晴れ上がる。
「ロック!」
「ずで!」
効果音を自ら発し、派手にずっこける一人の男。
飼い犬を従えて、彼は玄関先の道路に立っていた。
「おいおい嬢ちゃん。コイツの方が優先なのかよ……」
今日も赤いスポーツウェアに身を包んだ健介お兄ちゃんが、早くも主人から離れようとうずうずしているロックの手綱を引っ張っぱりながら不満を漏らす。
「へへ、ケンスケお兄ちゃんもいたね♪」
ふたりに駆け寄りながら軽口を言うが、本当に嬉しかった。
私よりももっと早く我が家へやって来て、私が出てくるのをここでずっと待っていてくれたのだ。私のために。
本当の友達に、本当になれた。
「ロック!おはよ」
ロックの頭をなでて、挨拶をした。彼はほうきのようなしっぽをふりふり振りながら、ワン!と犬語の挨拶を返した。
本来なら突進が挨拶代わりなのだろうが、幸い今日はお兄ちゃんがしっかり手綱を握っているので諦めたらしい。
それに関わらず、私のロックへの恐怖心はすでに完全に無くなっていた。
「昨日は朝練に遅刻しちまったからな。これだけ余裕持って来れば、お嬢ちゃんとしばらく遊んでても大丈夫ってわけだ」
お兄ちゃんは右手に持っているひも付きバッグをぽんぽんとひざで蹴りながら、私の方を見てにっこり笑った。
「じゃあたくさん遊べるね!」
「おうよ!」
「やったぁー!」
嬉しさのあまり、両手を上げて万歳をしながら飛び跳ねる。するとお兄ちゃんは私の右手に握られている物へと視線を移した。
「あ、嬢ちゃんそれって……」
「うん。これ昨日忘れたでしょ」
私はタオルを少したたみ直してから、お兄ちゃんに渡してあげる。
「ああ、こりゃご丁寧にどうも。わりぃな。汗くさかったろ?」
「うん」
「ははは、やっぱりな」
笑いながら、お兄ちゃんはタオルを自分の鼻につけてくんくん嗅いでいる。
「ごめんね。お洗濯してから返せば良かったね」
「いやいや、そこまで気ぃ使う必要ないって。ほんとありがとな」
「うん!」
「おい、ロック。におい嗅いで見ろ」
お兄ちゃんがタオルを広げてロックの顔を覆い被す。
するとロックはぶひぃん!と馬のような鳴き声をあげて、ぶんぶん顔を振ってタオルを払い落とした。
「あははは、ロックが可哀想だよ〜」
「あ〜なんだぁロック。その態度はぁ〜」
二人で笑い転げた。
「ねえお兄ちゃん、うちの庭であそぼう!」
私はお兄ちゃんのすそを引っ張って庭の方を指さした。
「う〜ん、俺みたいなヤツが勝手に入っちゃ怒られちまうよ」
お兄ちゃんは頭をかきながら、庭の方を見て言った。
そうだった。うちにはお父さんがいる。見つかったらどうなることか。
お兄ちゃんの言葉に、私は素直に従うことにした。
「そっかぁ。じゃ、どうしよう」
「俺たちと一緒にそこらへん散歩してみるか? ……って、それじゃ誘拐になっちまうな……」
「ねぇ、お兄ちゃんとロックって、どっちが走るの速い?」
「うん?」
ふと沸いた私のささやかな疑問に、お兄ちゃんとロックはまるで心が通じ合っているかのように、お互いの顔を見合わせた。
「なんだよロック。その目は」
「クゥン?」
ロックが妙に可愛らしげな声を上げる。
「こんな時だけおべっか使いやがって。そんなこと言って実は自分の方が速いだなんて身の程知らずな事考えてやがんな」
「クォン☆」
「ああ〜そうかい!それじゃあどっちが速いか確かめてやろうじゃねえの!」