P.E.T.S[AS]

第4話「オトナの女性」

朝が来た。
待ちに待った、待望の朝だ。

外ではすずめ達が、朝の訪れを歓迎するかように今日もしきりにさえずっている。
私は勇気を出してぬくぬくと暖かいベッドから起きあがり、冷たい外気に身を震わせた。
うんと背伸びをすると、ベットから降りて窓のカーテンから漏れ出る光を頼りにそうっと静かに歩き出す。
お父さんとお母さんを起こすわけにはいかない。
柔らかな床のカーペットからも伝わるささやかな冷たさが、私の足と頭を程良く刺激し、眠気を遠ざけた。
夕べ私のために用意してくれたのだろう。お母さんのベッドの足下の方に、私の着替えとお母さんの腕時計がおいてある。
私は腕時計で時間を確認すると、急いで音を立てないように着替えた。

音を立てないように気をつけながら寝室のドアを閉めて、電気のついていない薄暗い廊下をつてつてと小走りに走っていく。
ふと、何か忘れているような感覚にとらわれ、しばらく立ち止まった。

「タオル……」

早くも忘れかけていた、昨日の記憶の断片をようやく引っ張りだす。
お兄ちゃん、今日も来てくれるだろうか。

昨日突然できた、二人の友達。
ロックと健介お兄ちゃんは、最近までずっと続いていた私の小さな憂鬱感をあっという間に吹き飛ばしてくれた。
いつも通っている幼稚園では、ごく数人を除いて一緒に遊んでくれそうな子は見つからない。
あまりに早すぎた優等生。
十から一まで、それどころか百から一まで逆順に数えることができたり、先生の示す絵を見て名前を当てるゲームで一等賞を取ったり、早くも父の英才教育の効果が出始めていた私は、幼稚園の同年者からはすでに異質な存在となっていた。
先生達からさんざんもてはやされる私を、いつも冷たいひがみの目が見つめていた。褒められてつい得意げな顔をしてしまう私にも、多少の原因はあったのかもしれない。でも、5歳の少女にどうして謙虚さを強要できようか。

砂場に入れば、男の子達から追い出された。本当に数少ない貴重な女の子の友達と遊んでいるときでさえ、他の子の誘いがかかると、私を置いて遠くへ行ってしまう。
疎外感と孤独感が、幼い私の心に空風のようにいつも吹きすさんでいた。

いつしか庭で遊ぶのが好きになった。ここなら、薄情なあの子たちもいないし、仲間に入れてもらおうとあくせくする必要など最初からないのだ。
ところどころ生えている雑草の隙間をそって歩いているアリの数を数えたり、塀の側から生えている木に時折やってくる小鳥を見上げて観察したり。幼稚園の遊具で遊ぶより、よっぽど楽しかった。
それに、近くにはいつもお母さんがいてくれる。

そんな大好きな庭で遊んでいたある日、あのお兄ちゃんと大きな犬がやってきた。
ばたばたと大きな足音をたてて道路の向こうからやってきて、連れてきたお供の犬とまるで競争するかのようにあっという間に通り過ぎていく。塀越しに慌ただしい足音とともに時折響く犬の鳴き声が、地面に絵を描いて遊んでいた私の耳もとに飛びこんできた。
それ以来、私の観察の対象は彼等となり、
昨日ついに、友達になれた。
幼稚園の、今にも壊れそうな形だけの友達とは違う。本当に心から楽しいひとときを過ごした、ようやく見つけた本当の友達。
何が何でも、今日もまた会いたかった。会って、友情をより永続的なものにしたかった。

洗面台から、そのままになっていたお兄ちゃんのタオルを持ち出し、私は玄関のドアを開けた。


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