P.E.T.S[AS]

第4話「オトナの女性」

そろそろ日が陰ってきた秋の空。
天窓からほとんど日差しが入ってこなくなった工房に、私は一人だった。

あの後、かすみちゃんは急に大声を出して、真っ青になってしまった。
従業員の制服を着ていた理由がここで分かったのだが、彼女は先生にホラを吹かれたときに、仕事をほっぽり出して私のアパートへ全速力で走って行ったと言うのだ。

お父さんとお母さんに怒られる、と半泣き状態。戻ろうにも帰り道が分からないと慌てふためき、ついには大声でわんわん泣き出してしまったのだ。
ついさっきまで「大人の女になる!」と言って先生と元気にはしゃいでいた後の事だったので、私と先生は悪いと思いながらも辺りを右往左往して泣きじゃくる彼女の目の前で吹き出してしまった。

結局、先生がかすみちゃんをよいさへ送っていき、私はこうしてお留守番、と相成った訳である。
久しぶりの来客に沸いた後の静けさが妙に落ち着かなくて、私は作業用テーブルの隅っこに置いてある14型小型テレビをつけた。

丁度、午後6時の訪れを告げるニュースだった。

『今日未明、栃木県**町にある工事現場で爆発事故がありました。当時、現場付近に人はおらず、現在消火活動を行うとともに、警察では現場付近の住民から事故当時の状況を……』

椅子に腰を落ち着かせると、様々な事があった今日一日の疲れが早くも出始め、私は目と耳から入る情報をそのまま頭から通り過ぎさせて、徐々に脳内から姿を現してきたスイマーに、その身を委ねつつあった。半分意識を何処かに預けたままテレビを消して、私は本格的な夢の世界に旅立とうとする。

「起きなさい!」

しかしそれも……分も刻まぬ内にスチールのドアを勢いよく開けて帰ってきた先生が、私の頭上で繰り出した左斜め45度チョップで終わりを告げた。

私「ふぁ……お帰りなさぁ〜い先生ぇ〜……かすみちゃん、大丈夫でしたぁ?」
真純「うん。あの子のご両親が、娘が消えたって大慌てしててね、
   ティコ君とロック君も混じって一家大捜索。
   送ってく途中でお母さんと鉢合わせしなかったら、
   あと数分で警察に通報されてたってさ」

うわ……すごい……
二人で大笑いした。なんだか、とっても良い家族だね。羨ましい。

真純「そうそう、これ」

先生は手にしていた艶のある革カバンから、5枚の紙きれを取り出した。

私「なんですか?それ」
真純「これが、ご褒美よ☆」

得意げに微笑む先生の手から、その内の一枚を受け取る。

その紙にはどこかの山々の景色や温泉の写真が写っており、さらに目を引く赤い派手な文字で、「名湯栃木の湯、温泉旅行2泊3日」と印字されていた。

私「まさか……これって……」
真純「ふふ☆取引先から頂いたの。私とあんたとティコ君にロック君、一人分余っちゃって勿体ないな〜て思ってたら……ああ〜今日はなんて素晴らしいのぉ〜☆」
私「もしかして、かすみちゃんを?」

ザッツライト!と先生は拳を振り上げ、私の背中をバンバン叩く。送ってあげた際、すでに本人とご両親の了承を得たらしい。全く、器用なもんだ。それにしても、あんな後でよくご両親、許したね。

「久しぶりの休暇だわ〜☆」と子供の様にはしゃぐ先生をよそに、私はぼんやりと空想の中で、年季を感じさせるごつごつとした岩に囲まれた熱い湯船に身体を沈ませて、のほほんと全ての意識を忘却の彼方へと飛ばしている自分の姿を想像した。
……それも、いいかもね……。
そして温泉には関係ないが、突然妄想で力の抜けた頭にふと一つの疑問が浮かんできた。

私「先生、私をイジメた時のこと、覚えてます?」
真純「ええ?」

その場をうさぎのようにぴょんぴょん飛び跳ねていた先生は、私の顔をじぃ〜っと見つめて、首をかしげた。

真純「ごめん、心当たり多すぎて……例えばどんなことしたっけ?」
私「ほらぁ!私たちが初めて会った時も、こうほっぺを、グニグニ〜って!」

自分の頬を両手で引っ張って説明する。なんで私がこんな事しなきゃいけないのよ……
あ、そうだ。先生の頬を引っ張れば良かった……。

真純「ふふ☆ でもしょうがないじゃない?あの時の美月って……」

彼女はその美しく端正な顔に穏やかな笑みを浮かべ、私の目を真っ直ぐに見据えて、言った。
 
真純「本当に、可愛かったんだもの」

あ……。

真純「さあ〜って、私はもう隣の自分ちに戻って旅行の準備しま〜す☆
   美月〜、出る時ちゃんと鍵閉めるのよぉ〜。」

先生がやや音程のはずれた鼻歌を歌いながらスチールのドアを閉めて出ていった後も、私は身体中の何かが急激に頭のてっぺんまで上昇してくるのを、ただ呆然と感じていた。

私「なに赤くなってんだろ……私……」

急に熱っぽくなった頭を冷やすため、ぶるぶると横に振った。
うう〜ん、と背伸びをして天窓を見上げる。

すでに暗くなった窓越しの夜空に、秋の星座を構成する数々の星々が、まるで今日の夢にも出てきたあの光達のように、一際と輝いていた……。


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