まだ日の明るい内にアパートに戻るというのは、少し妙な新鮮さを感じた。
あの二人が居ないとこの2DKの我が家も結構広い。
まだよいさで懸命に働いているティコやロックに申し訳ないなと思いながらも、これから二人が帰ってくるまでどう時間を過ごせばよいか、上着を脱ぎながらぼうっと考えた。
どこかにまた買い物にでも行こうか……。あんまりお金無いけど……。
服を着直して再び玄関を開けた私の視界に、目の前の光景をふさぐ何かが居た。
背丈は私の胸のあたり。可愛らしいおかっぱ頭に、なぜかソバ屋の制服そのままの……ええと……名前は……。
「こ、こんにちは。先ほどの……かすみです。あ、朝村……美月さん……ですよね?」
礼儀正しく名前を名乗って、一礼する目の前の女の子。なんで私の名前知ってるんだろう。
私「うん、そうだけど。一体どうしたの?」
かすみ「ティコさんとロックさんとは、その……い、いとこ同士だそうですね」
いきなり何を言うかと思えば……。一瞬、忘れ物をしてそれをわざわざ届けに来てくれたのかと思ったが、そんな予想からは遙かにかけ離れた質問を投げかけられた。まるで身辺調査のようだ。
私「う、うん。そうだけど……それが一体……」
すると、ソバ屋「よいさ」の看板娘はその愛らしい顔には不釣り合いな険しい表情を、私に向けた。
かすみ「私、あの女の人に聞きました!」
あの女の人?
かすみ「毎夜毎夜……あ、あの…………い、いとこ同士だというのに……きっきっ……禁断の愛を育まれているそうですねっ!!」
目の前の小さく楚々とした少女の口から、私の脳内神経を全部ショック死させるような言葉が飛び出てきた。
な……なんすか? 禁断の愛って……。
不意打ちによる混乱から態勢を立て直す隙を許さず、彼女はずいと私に歩み寄って、糾弾を続ける。
かすみ「他にも……いつもティコさんとロックさんに首輪を付けて奴隷の様に扱ってるってあの女の人が……」
待てい……私がいつあの二人に首輪を付けた……。
まあ、どのみちこの少女をそそのかした人物なんて始めっから決まってるけど……。いくらなんでもこれはひどすぎる。先生、どうしろっていうんですか。この子……。
女の子はずいぶんと興奮している様子で、俯きながら顔を真っ赤にして大声を発している。まあ……話している内容が内容だけに、真っ赤になるのも無理はないが……。
私「え……えっと……かすみちゃん、だっけ。あのね。お、落ち着いて……まずは……」
かすみ「ごまかさないでくださいっ!!」
私「ひいっ!!!」
かすみちゃんの小柄な体からは考えられない程の大声が、アパート中に響き渡った。まずい……。
とりあえず、私は慌てて玄関のドアを閉めた。
まずはこの子を落ち着かせないと……
かすみ「他にも……あのっ……あのっ……」
私「ねえかすみちゃん。大声出して喉乾いたでしょ。はいお水」
かすみ「へっ?あ、はい……ありがとうございます」
脇の靴入れ棚の上に置いてあった試供品のミネラルウォーターの蓋を開けて、彼女に手渡した。
ごくっごくっごくっ……。
ペットボトルを両手で持って一気に飲み干す彼女。彼女の小さな喉が細かに波打つ。
かすみ「ふう……」
私「落ち着いた?」
かすみ「は、はい……ありがとうございました。……え……あ、あれ?……どこまで話したっけ……」
私「大丈夫、待ってるから。ゆっくり思い出してね」
かすみ「あ、はい!ありがとうございます!」
目をぱちくりさせてお礼を言うこの小さな少女に、私は妙な安心感を覚えた。
……なんかこの子……。
かわいいね……。