P.E.T.S[AS]

第4話「オトナの女性」

先生の工房は、今日も天窓から暖かな日光が差し込んでいた。
少しずつ肌寒くなってくるこの時期の朝に、この日光はとてもありがたい。
背中にできるだけたくさんの光を浴びられるように姿勢を工夫しながら、私は作業用テーブルで先生から言われた材料の数のチェックをしていた。
先生は今日も優雅に彼女専用の木製の椅子に腰掛けて、コーヒーをすすりながらスケッチブックを眺めている。鉛筆を持っていないところからして、もうラフが完成したのだろうか。

私「先生。その子の案、もうできあがったんですか?」

作業の手はそのままに、私は先生に聞いてみた。

真純「ん、そう言っていいかな。どう?これ」

そう言って先生はスケッチブックを胸の前あたりで大きく開いて見せた。
そこに描かれている男の子の天使は、ぺたんと尻餅をついて座りながら、まるで空の雲をつかもうとしているかのように小さな腕を上に向かって伸ばしていた。もう少しで届きそう、とばかりにその顔は空の虚空に無我夢中といった感じだ。背中には小さな羽。天使独特の白衣には、注釈で限りなく白に近い水色と書かれていた。

私「わぁ〜。かわい〜」
真純「でしょ〜」

先生は満足げにコーヒーをぐいっと飲み干して、ばっと椅子から立ち上がった。そして両腕をうう〜んと反らしてのびをする姿は、まるで何かのトレンディードラマに出てくるやり手美人女流小説家のようだ。
やっぱり絵になるんだよなあ。

私「で、そのご褒美ってなんなんです?」
真純「だからぁ〜。一生懸命働いたら教えてあげるって」
私「そんな物で釣らなくたって、いつも甲斐甲斐しく働いてるじゃないですかぁ」
真純「昨日は寝てたでしょうが」

そうだっけ……。
先生の思わぬ攻撃に、反論できない私。寝るつもりなんて全然無かったのに。

私「あれは……よく分からないけど、いきなり眠くなってきちゃったんです」
真純「睡眠不足だったんじゃないの?」

だとしたら、先生のせいですな。

真純「午前中までなんだから、しっかり働きなさい」
私「はぁ〜い」

それにしても、午前中までっていうのはどういうことだろう。
考えられるのは、先生に何か用事ができたってことなんだろうけど。
もともと作業のスケジュールは師匠である先生が自由に決められる。先生の都合に当然私は合わせないといけない。都合だけじゃなくて、気まぐれとか、迷惑電話とか……迷惑訪問とか……。

私「先生、午後何か予定あるんですか?」
真純「ん〜。だから、秘密☆」

先生は人差し指を口に当ててウインクした。こういった仕草はよほどうまくやらないとかえって野暮に見えてしまうがそこは先生、うまいもので、いっそのこと女優にでもなればいいんじゃないかというくらいに自然に見える。私なんかには到底真似できそうにない。

真純「ま、後で教えるわよ。午前中頑張って、お昼になったらよいさに食べに行きましょ」
私「へ?なんで出前じゃなくてわざわざ向こうに?」
真純「だぁってぇ〜☆ ティコ君とロック君が働いてるんでしょお〜☆」

両手を胸の前で鈴の形に組んで明後日の方に熱視線を送り、体をくねらせるその仕草は白馬の王子を待っているどこぞの姫のつもりなのだろうが、こちらの方は全く似合わない。美人女流作家のイメージが一瞬で崩壊した。

真純「なんで教えてくれなかったのよぉ〜!」

憎らしそうに私を責める先生の目。私だって昨日始めて知ったんです。

私「はいはい、ちゃんと仕事しないとダメじゃないですか」
真純「ティコ君取られるのがイヤなんでしょ〜!」

それもあるかな。

真純「うっふ〜☆ まあティコ君が私の手に落ちるのも時間の問題かしら〜?」
 
先生……どうでもいいですから仕事しましょう…… 。


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