P.E.T.S[AS]

第3話「麗しの巨匠」

「!!」

びっくりして体を震わせる。さっきは暗くて気が付かなかったのだろう。「それ」は今まで居たベッドからストンと降りて、私の方へとやってくる。

猫だった。
でもそれは私が今まで見てきたどの猫の姿にも当てはまらない。

長く鋭利なV字型の顔。
細くて長い体。
特に脚はまるで棒の様に細い。
主人とともに、彼はミステリアスな雰囲気を醸し出している。
その猫は私を認めると、突然ジャンプして私の肩に飛び乗った。

「わっ!」

突然のしかかった重さと、異質の猫の感触に私は体をこわばらせた。頬にしっぽが触れる。そろそろと私はこの子を落とさないように静かに腰を下ろして、ぺたんとおしりを絨毯につけて座った。

「シャム猫を見るのは初めてか?」

お兄ちゃんは側で私の様子を見ながら言った。
お兄ちゃんの言葉を聞き流しながら、おそるおそるこの子の背中に手を伸ばす。
触るとすべすべした毛並みの感触が心地よく私の手のひらを刺激した。
彼の体はしなやかな曲線を描き、黒く長いしっぽがその終端に付随していた。無類の動物好きの私の好奇心が鎌首をもたげてくる。
さっきまでの憂鬱感はどこかへ消え去り、私はこの猫にすっかり魅了されていた。

「ねえ!この子なんていうの?」

興奮しながら、私はお兄ちゃんに尋ねた。

「ティコ」

お兄ちゃんは手短に名前だけ言った。

「もっと触っていい?」
「ああ、かまわない」
「やったぁ!」

ティコを膝の上でだっこして、ティコの細い顔と自分の顔をくっつける。ティコはいやがるそぶりも見せず、今度はティコの方からその細い体をすりつけてくる。

「あはは、すごくかわいい!」
「やっと笑ったな」
「え?」

突然、お兄ちゃんが力強く言った。振り向くと、それまでの冷たい表情は消え去り、お兄ちゃんは応接間で会ったときに一度だけ見せた、あの笑顔を再び見せてくれた。

「それが本当の君か。会いたかったよ」

あの時よりも、もっと喜びに溢れた笑顔だった。

それから、私はお父さんの商談が終わるまでの数時間、ずっとティコと遊んだ。ユーイチお兄ちゃんはティコの事についてたくさん教えてくれた。
帰る時間になると、お兄ちゃんは応接間のドアの前まで送ってくれた。

「またいつでもおいで」

優しい笑顔をたたえながら……。

また来たい。私にそう思わせたのは、多分、ティコの存在だけではなかったことに、あの頃の私は……気づいていただろうか……。


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