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第3話「麗しの巨匠」


赤い絨毯の敷かれた広い廊下を、私はお兄ちゃんよりも一歩うしろの位置を保ちながら後をついていく。長時間ソファーで体を堅くしていたせいか、すっかり疲れてしまった。
歩きながら、ぼんやりとお兄ちゃんの背中を眺める。
とても大きな背中。
さらに上を見上げると、お兄ちゃんの後ろ髪がまるで本人とは別の意志を持っているかのようにゆらゆらと揺れていた。
 
「君の名前は?」
歩きながらお兄ちゃんは私に名前を聞いた。
どう答えればよいのか迷った。別に名前を言いたくないというわけではなく、どういう「しゃべり方」をすればよいか迷ったのだ。
とりあえず、私はよい子のしゃべり方をした。
 
「美月です。よろしくお願いします」
「父さん達の隣でずっと我慢してたのか。偉いな。年はいくつ?」
「5歳です」
「そうか……」
お兄ちゃんは私の形式ばった答え方に接し方を考えあぐねているようだった。でもしかたがない。私はいい子でなければならないのだから。
しばらくの間、廊下に二人の足音だけが響いた。
 
「そう、私の名前は……」
「ユーイチお兄ちゃん?」
「そうだよ。さっき覚えたのか……君は頭がいいな」
「はい、ありがとうございます」

急にお兄ちゃんは立ち止まり、私の方を向いた。

「いつもそうしているのか?」
「え……?」
 
正直、私はこのお兄ちゃんが怖いと思った。少しきつい表情をして、彼は私の目を見据えている。お兄ちゃんの何もかも吸い込んでしまいそうな青い目が、私をまるで石像のように動けなくする。
 
「いつもそうやって自分を隠しているのか?」

まるで生徒を詰問する先生の様に、お兄ちゃんは私に問いかけた。
そんなことない。自然にしていいと言われれば、私は喜んでそうしただろう。でも目の前にいるこのお兄ちゃんの底知れぬ威圧感を感じていると、そんな気はとても起きなかった。
魔法の世界の王子はきっとこんな厳しい顔はしない。
何か言わなければ。そう思ったが、舌が動かず、言葉をうまく紡ぐことができない。
 
「……いや、すまない。気にしないでいい」

お兄ちゃんはそう詫びると再び前の方へ視線を戻し、歩き出した。石像の呪縛が解け、私は再び自由を取り戻す。
このまま家に飛んで帰りたくなったが、このお兄ちゃんに逆らうのは良い選択とは思えなかった。
遅れをとらないように、私も歩き出す。だが今度はお兄ちゃんが足を止めた。
彼の右手には大きな木製のドアがあった。
ドアのノブを回すと、お兄ちゃんは私に言った。
 
「ここが私の部屋だ。おいで」


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