P.E.T.S[AS]

第3話「麗しの巨匠」

暖かさと言うものは、何で計られるのだろうか。
ちょうど庭から戻ってきた私を、台所から届いてくる朝食の香りが迎えてくれた。
しばらくすると母が廊下に出てきて、いつもと変わらない微笑みをたたえながらこちらに向かって手招きする。いつもの母の朝食のサインだ。
ちょっと前、父から教えてもらってようやく読めるようになった温度計。それでは決して計れない暖かさがそこには確かに存在した。
私は朝食に早くありつきたいのを我慢して洗面台に走っていき、蛇口から出る冷たい水にふるえながら念入りに手を洗い、うがいをした。
水滴を拭こうとタオル掛けを見る前に、すでに私はタオルを持っていることに気づいた。
私は別のタオルで手と口を拭いて、持っていたタオルをとりあえず洗面台の側にあるカゴに置く。

食卓に着くと、テーブルに並べられたパンとハムエッグの香りが私の鼻腔をくすぐり、空腹感がより明らかになる。
朝食の準備を終えたお母さんが私の隣に座り、こんがり焼き上がったパンにブルーベリーのジャムを塗って私に渡してくれた。
テーブルには三人分の朝食が並んでいる。一つは私、もう一つはお母さん。そして我が家で一番多い三枚のパンがお皿に乗っかっている、お母さんと私の向かい側にある朝食は、お父さんの分。
だがお父さんの席はからっぽだった。

「ねぇお母さん。お父さん、またお仕事?」

たっぷりとジャムがのっかったパンをかじりながら、私は隣でスープを飲んでいるお母さんに聞いた。

「そうね。もう少しで降りてくるんじゃないかしら」

お母さんはまるで明日の天気を占うような口調で返事をした。
最近お父さんとは食事を一緒に取れないことが多い。毎日朝早くから書斎に向かい、熱心に仕事をしているのだ。
お父さんが仕事をしているときは、お父さんの部屋に入ることは許されなかった。仕事中に部屋に入ると大きな声でお父さんに叱られてしまうから。それは小さな私だけでなく、お母さんに対しても同様だった。だから朝食ができても呼びに行くわけにはいかない。そしてお父さんが自分から降りてくるまで、私たちがテーブルから席を立つことさえ許されないのだ。

とん、とん、とん……。
階段から聞こえる音は、間違いなくお父さんのものだ。私は少し姿勢を正して、木製の堅い椅子に座り直した。


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