真純「たっだいま〜っと☆」
私「た、ただいまぁ〜……」
工房のドアを開け、先生の後に続いて私は倒れ込むように中へ入った。運動ってあんまり得意じゃないのに……。あれからずっと走って帰ってきたのだ。しばらく肩で大きく息をする。
真純「出前はまだ来てないね〜来てないね〜よ〜し☆」
私「はあっ……はぁ……ひい……」
真純「なぁ〜によ美月、だらしないわねぇ〜」
先生は額に汗を浮かべてはいるものの、早くも呼吸はいつものペースに落ち着きつつある。いつも工房にこもって運動不足なのではないか、という大方の予想とは裏腹に、先生はまさに驚異的な身体能力を誇っている。
息をまだぜいぜい切らせている私とは対照的だ。
私「せ、先生……なんでそんなに元気なの……?」
真純「いい?美月。プロフェッショナルたる者、鍛え抜かれた体力もなきゃダメなのよ!」
……創作活動となんの関係が?
椅子に座って呼吸を落ち着かせる。
ふう〜……こんなに運動したの、ひさしぶりだよ。
先生の方を見ると、相変わらず手に持っている携帯電話を見てニヤニヤしている。そんなに気にいったんならあげてもいいんだけど。
真純「さって☆出前が来るまでヒマだし、もっといろんなトコにかけてみましょ☆」
先生の発言に、さっきまでようやく静まりつつあった私の心臓が再び震撼した。
私「って先生!それは私の携帯ですよ!いい加減返してください!」
通話料金も私負担だという基礎事実を忘れていた自分がうらめしい。
真純「アメリカの取引先に掛けてみよう」
私「こらぁあああああ!!!」
慌てて先生の手から携帯を奪い取る。
真純「ちょっとぉ!何すんのよ」
私「ベ〜〜〜〜っだ」
真純「返しなさぁーい!」
私「返せって、これは私のですぅ!」
ピンポ〜ン♪
インターホンが鳴った。
私「あ、出前が来た!ちょっと取りに行ってきますね」
真純「あ〜ちょっとぉ!」
先生の声を無視し、工房の外に出て門のところへ向かう。
そこで出前のおかもちを持って立っていた人は……
私「あれぇ!?ロック!?」
ロック「へっへ♪ 美月、お待ちどお♪」
ロックがソバ屋の店員らしき服を着て、オートバイを塀の横につけて立っていた。
私「そっか、ロックとティコがバイトしてるとこっておソバ屋さんだったね」
ロック「そ〜のとおり!」
なんという偶然だろう、まさか今まで工房からたびたび出前をとっていたひいきのソバ屋で二人がバイトしていたとは……。
いや、今はそんなことより……。
私「ロック! これ持ってって!」
ロックの手に強引に携帯を握らせる。
ロック「へ?これがお代?」
私「携帯買ったのよ。二人に預けとくから。あんまりいじくんないでね、それとこれお代ね」
ロック「携帯買ったんかよ! すげえなぁ〜! あ、2500円丁度確かに!まいどありぃ!」
私「ほら! 用件済んだらさっさと行く!」
ロック「へ? あ、はい」
ぶろろろろろ……。
ロックが少し寂しそうな顔をして帰っていった。ごめんね……。
ふっふっふ、でもこれで携帯は先生の魔の手から逃れたワケで……。
真純「ねえ……あのオートバイに乗って帰っていく出前の子、ロック君じゃない?」
私「あら先生、遅かったですわね☆」
真純「おほほ☆追いかけようとしたらドアで蹴つまづいて足の小指を強打してしばらくもんどり打ってましたわ☆ところで、携帯はどうされたんですの?」
私「おほほ☆絶対安全なところに避難させましたわ☆」
真純「あらあら☆お素早いこと☆やられましたわ☆あら……何ですの?その手は……」
私「出前のお勘定2500円かかったんですけど……」
真純「まあ☆それがどうかなさいましたの?おほほ☆」
私「おほほ☆」
真純「おほほ☆」
ほ……ほほ……
ほほ……
……