階段を登って二階に上がり、狭い廊下を歩いていく。しばらくいくと右手のふすまの奥からコホン、コホン、という小さな咳が聞こえた。
「かすみちゃん?」
かすみの声「え!?ティコさん!?」
すっとんきょうな声がふすまの隙間を抜けて耳に届く。
かすみの声「えっ……えっとあの……す、すいません。今日あの……あの……私熱が出ちゃって、お仕事ができないんです。いえあの……私はしたかったんですけど、その……お母さんがダメだって……」
「いいんだよ。風邪はこじらすと怖いから。しばらくは私とロックに任せて、かすみちゃんはゆっくり休んでてね」
かすみの声「は、はい!すいません、あの……えっと……ティコさん……」
おかみさんの声「ティコく〜ん、ちょっと来てくれる〜?」
階段の方からおかみさんの呼ぶ声が聞こえた。
「あ、はい! ……じゃ、もう行くね。ゆっくり治すんだよ」
かすみの声「あ……………………はい……」
一階の店に戻ると、ロックの姿はなかった。どうやら出前に出かけたらしい。
おかみさん「またお客さんが来ちゃったから、ティコ君大変だろうけど頼んだわね」
階段の下で私を待っていたおばさんが、申し訳なさそうに、しかしいつものにこやかな顔で私に言った。
「わかりました」
厨房に戻っていくおばさん。
実質、私にロックとかすみちゃんの分を加えた3人分の仕事を任されることになった。
フルタイムの仕事は、まだまだこれからだ。
「よし、やるとしますか。……いらっしゃいませ!」