黒猫は夏が嫌いなんです。

第5話「※彼女が持ってるのは竹刀です」

「あれが<標的>ですか? ……マスター」

 高いところにある太い枝に何の支えも無く立つ少女の長く艶やかな深紅の三つ編みが、強風にあおられてふわりと舞った。

「そうだ。見てろフレイア、メガミ様の寵愛を受けるのはこのフレイだということを、あの娘の命を持って示してみせよう」

 マスターと称された黒髪の青年は、その怜悧な口元を歪めて嘲った。……傍らに無表情に立つ少女に、おそらく<標的>は抹殺されるだろう。

「武器は」
「そうだな、どうせなら派手にしよう。<朱雀刀(スザクトウ)>を使え。刀も得意だろう? 朱雀(スザク)」

 朱雀、と呼ばれた少女は一拍の間を置き、「……はい」と答えた。その無表情の中に幾許かの迷いがあるのを見て取ったマスター——フレイは朱雀の頤(おとがい)をすっと持ちあげ、腰に手を回し、自分といる時は開かれることの少ない唇に自分の唇を押し当てた。舌を彼女の口腔に侵入させ、蹂躙していく。

「……マス、ター」
「いいな。必ずあの娘を殺せ。でなければ貴様を殺す。……返事は?」

 赤面し息を若干荒らげつつも、朱雀は凛と答えた。

「Yes,Master.」

朱雀の答えに満足したフレイは、身にまとったマントを翻しながら木を飛び降り、やがて姿を消した。
 残された朱雀は遠ざかる<標的(ゆうじん)>の姿を寂しそうな目で一瞥したあと、地面へと降り、自身も帰り路についた。
その背中は、いつも明るい、彼女の幼馴染そのものだった。


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