黒猫は夏が嫌いなんです。

第5話「※彼女が持ってるのは竹刀です」

「やれやれだな、沙都紀」
「お疲れ様。しばらく見ないうちに貴女も強くなってたのね」
「……親父、母さん」

 また別の意味で面倒くさいのがでてきた、と私は嘆息した。
木立からでてきたのは長身の男性と、優しげな笑みをたたえた女性。男のほうはいつものように薄い笑みを浮かべているし、女性もやはり普段どおりだ。
 男のほうは九 光(イチジク・ヒカル)。女のほうは九 麗央(イチジク・レオ)。私の実の父と母で、父は私に剣術と体術を教えた張本人だった。

「さっきの我龍走破もなかなかだ。もう俺を超えたんじゃねぇか?」
「静奈(シズナ)は元気にしてるかしら。知ってる、沙都紀?」
「……二人とも、不法侵入じゃないのか」
「誤解しないでよ、沙都紀。ちゃんと正門から入ってきたわ。受付を通ってないだけよ」
「それを不法侵入というんだよ! ……全くもう、いつになってもそういうところは変わらないんだから」
「まあそういうなよ、沙都紀。で、独り暮らしはどうだ?」

 なんだか今日はため息を吐く回数がいつもより多いぞ、と思いつつ仕方なく「順調だ」と返……そうとして留まる。
ちょっと待て。どこが順調だ。ルイがきたり、朱にボディブローされたり、さっきみたくヘンなのに絡まれたり、ルイが転校してきたり、ルイがきたり、ルイがきたり。

 どこが順調(へいおん)なんだこれのどこが!

「いや、別にルイが嫌いなわけではなくて……ただその、転校早々にああいうことを言うからびっくりするのであって……」
「? ルイ?」

 怪訝そうに父が返す。父が常に持っている真剣——父は剣道有段者の上に銃刀免許を持っている——の鍔がちゃっと鳴った。い、いや、と慌てて取り繕う。

「それより、二人はどうしてここに来たんだ? 何の用もなしに来たわけじゃないだろう?」
「久々に母校を見に行こうと思ったのよ。貴女や静奈のことも気になったし。朱ちゃんはどう?」

 この問いも、何もかも、変わらない。風が吹き、母の艶やかなロングストレートの髪と私のポニーテールが同じ方向に舞った。
私はふっと笑み、第二アリーナの方を見やりつつ答えた。

「ああ、相変わらずだよ、朱も。あいつの彼氏も、変わらない」

そう答えると、父は「……そうか」とその切れ長の瞳を細めて笑った。その顔は17の娘を持つ男性とは思えないほど若々しい。
 二人はその後、「もう少し母校を見て回る」といって私の前から立ち去った。今日は部活もない、帰ろうと思い私は竹刀を背の袋にしまいこみ、今度こそ踵を返した。

 


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