黒猫は夏が嫌いなんです。

第6話「青年同士の密約、そして決意」

「七延君、沙都紀さんとはどのような関係で?」

 帰り道。俺——八艸 巳月は沙都紀さんから「瑠依が一人なのはどうにも心配だから八艸、お前帰宅部だろ帰り道頼んだぞ」と半ば一方的に彼の付き添い(お守りともいう)を押し付けられ、ぎこちない雰囲気の中そういう話題を振ってしまったわけだ。気まずい。主に隣で歩く仏頂面の七延君が発する雰囲気が「こっち来んな」的オーラすぎて会話に困る。向こうからは絶対話しかけてこないし。

「……沙都紀は俺の主だ」

 硬直。あの、もう少し形容詞のストック無いんですか君?
よりによって主とは……なら義兄とかの方がまだ真実味があるような。
 主、という言葉を飄々と発した彼(おそらく沙都紀さん本人がいたら意味不明な言葉を発しつつ飛び掛るレベル)に二の句が継げない俺に、今度は向こうから問いを投げてきた。

「お前こそ沙都紀とはどういう関係だ?」
「……彼女、朱とは幼馴染でしょう? ですからその朱の恋人として多少の付き合いがあるということです。……心配なさらずとも、沙都紀さんに手を出そうなどということはミリ単位ほども思っておりませんよ」
「そうか。なら沙都紀の飼っていた猫が5年前に死んだのは知ってるな?」
「……、いえ。触りだけ朱から聞いただけで、直接本人から聞いたわけではありません……彼女に、そんなことが?」

 朱からは、簡単な事件のあらましと、彼女にそのことを言わないようにとの警句を仰せつかった。彼女は同時に、

『沙都紀、そのことでとっても落ち込んでたの。あの時ほど自分の無力さを痛感したことはなかったよ。……何年もかけて彼女はやっと立ち直ったの、だからもう、古傷を裂くようなことは、言わないであげて』

と、いつになく神妙な面持ちで俺に告げた。

「その猫が、俺だ」
「……………………………………………………」

 ……沈黙。彼の発言との間に三点リーダ20文字分の沈黙を経て、俺はやっと声を絞り出した。

「冗談……こういっては失礼ですが。頭大丈夫ですか、君……?」
「何とぼけてやがる。お前、"八艸機関(ヤサガきかん)"の人間だろ? なら、こういえばわかるはずだ——守護天使、と」
「!!」

 "八艸機関"という名、そして、"守護天使"というキーワード。その二つを知るのは、この世では四つの存在のみ——即ち、守護天使、神々、呪詛悪魔(ジュソアクマ)、そして、八艸機関の者。
噂の転校生の口から飛び出したそのキーワードで、俺は彼が正真正銘の守護天使だということを理解した。
 八艸機関。それは、この世の者に仇なす"呪詛悪魔"という存在を『人の身で抹消する』ことを目的に創られた一大機関。
本来なら守護天使ほどの実力を持たなければ太刀打ちできない呪詛悪魔に、八艸機関の設立者は独自技術『切神九字術(キリガミクジジュツ)』という技術を以ってして対抗した。その技術を代々受け継いでいるのが、俺の家系である、八艸家。俺はその中でも次期頭領——直系だった。

「沙都紀の周辺に、呪詛悪魔みたいな気配を感じる。でも、完全に呪詛悪魔とはいいきれない……人間の気配も混ざってる、奇妙な気配を」

 それは薄々気づいていたことだった。ここ最近沙都紀さんに纏わりつく呪詛悪魔のような邪悪な気配。でもそれは、少しだけ俺の身体に馴染んだ気配であり、なんとなく妙な感じがしていたのだった。

「お前のことを信用して、頼みがある。沙都紀を守るのを、手伝ってくれ。無論、協力してくれるなら、幼馴染の朱も守ろう。俺はまだこっちに来て日が浅い。だから、色々と俺にはできないことがある、そこをお前に——頼みたい」

 初めて、彼のまっすぐな瞳を見た。その瞳は猫のように切れ長で、曇りのない純粋な黒瞳だった。
この時彼が、純粋に沙都紀さんのことを思っていたのがわかったから——俺は、頷いた。

「ええ、いいでしょう。沙都紀さんや、朱に仇なす呪詛悪魔は——俺たちで、抹消しましょう」

 敵は、いずこに。守るべきものと敵の境界線は曖昧だったが、それでも俺は、大事な者を守ろうと、心に決めた。


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