屋根から屋根に飛び移るきよと千兵衛。
きよ「ここまでくればもう大丈夫やろ。」
千兵衛「たぶんね・・・さて、これからどうしようか?」
きよ「うちは川をはさんだ向こうの長屋にこのお金あげてくるわ。
お兄ちゃんは残りをばらまいて帰ってきてね、ほな!」
きよは千両箱からいくらかの小判をつかみ、
軽い身のこなしで去って行ったのでありました。
千兵衛「やれやれ、さてと・・・」
千兵衛も行こうとしたその時、
恵「ま、待ちなさいよぉ。」
千兵衛「!!」
振り向くと恵が同じ屋根の上に立っていた。
足がガクガク震えてはいるが、十手を真っ直ぐ千兵衛に向けています。
恵「し、神妙にお縄につきなさいって・・・・」
千兵衛「・・・・」
遠くのほうで「御用だ、ご用だ!」の声が響いているが
二人の間には静かなときが流れております。
千兵衛「あの子達は・・・無事だったんだな。」
恵「え・・えぇ、みんな自分たちの屋敷に帰っていったわ。」
千兵衛「それはなによりだ・・・」
恵が少し前に出ました。
恵「あんた・・・本当はいい奴なんでしょ?」
また一歩前に出る。
恵「あたしのこと助けてくれたし、あの子達だって・・・・」
千兵衛「・・・」
恵「お上にだってお慈悲があるわ。今素直に捕まってくれたら
あたしがお奉行様に言って
あんたの罪少しでも軽くするように努力するから・・・だから!」
千兵衛「血の運命(さだめ)だ。」
恵「え?」
千兵衛「おれが生まれたのは盗賊の一族だった。
医者の子が親と同じく医者になるように
武士の子が親の後を継ぎ武士の道を歩むように
おれは親の後を継ぎ盗賊になった。
お前も親の後を継ぎ十手を握ったんだろ?」
恵「な、何でそのこと知ってんの?」
千兵衛「今の時代、血には逆らえない。
おれもこの道で生きていくしかないんだ。」
恵「そ、そんなのおかしいって!!
別に親が泥棒だったからってあんたが泥棒しなきゃいけないなんて
決まってないわよ!!
あたしは父さんが十手持ちだったからって十手持ちになったんじゃない。
十手持ちって仕事が好きだから十手持ちになったのよ。
あんたもあんたの好きな生き方しなさいよ。
好きな子と好きなことして暮らしたって何も悪くないじゃない!!!」
大きな声をあげた瞬間、恵のバランスが崩れました。
恵「キャッ!」
足が滑り屋根から転げ落ちそうになる恵。
とっさに千兵衛が腕をつかんだので恵は宙ぶらりんになりました。
恵「・・・は、放して・・ど、泥棒にこれ以上情けなんてかけられたくない・・」
キッとにらむ恵に少し動揺の色が千兵衛の目に浮かんだ。
しかしそれはすぐに消え、さっと恵を引き上げた。
千兵衛「・・・お前が怪我すると・・・哀しむ者がいるだろう。」
恵「え・・・・」
千兵衛は立ち上がり屋根の先まで行った。
恵「ち、ちょっと・・・」
振り返り、恵と目を合わせた千兵衛。
千兵衛「もし今度お前がおれを捕まえられたら、
おれはこの仕事から足を洗おう。」
恵「それ・・・ホント?」
千兵衛「・・・約束する。さらばだ。」
千兵衛が屋根から飛び降り、その直後夜空に大輪の花火が上がりました。
ヒュ〜〜〜〜ッドッド〜〜〜ン!!!
恵「闇夜の・・・・・九官鳥・・・」
座り込み、恵は動くことが出来なかったのでありました。
よしき「た〜まや〜〜っと。はい、お疲れ様ですね、千兵衛さん。」
黒い覆面を取る千兵衛。
千兵衛「ふぅ・・・お疲れさん。」
よしき「でも、あんなこと言っていいんですか?」
千兵衛「・・・いいんだよ、たぶん。」
夜空を見上げる千兵衛。
千兵衛「今まで僕は、どうにかして十手持ちを止めさせようとしてた。
でもそれは無理だって気付いたんだ。
恵ちゃんは自分の意志で十手を握り、それを誇りとしている。
だから僕も本気で彼女と戦う。それが僕の・・・誇りだよ。」
よしき「でももし捕まっちゃったら・・・・」
千兵衛「逃げてみせる。」
千兵衛は立ち上がった。
千兵衛「恵は僕を追い続け、僕は逃げ続ける。
そんな夫婦がいてもいいじゃないか。ねっ、よしき。」
よしき「め、めおとって・・・せ、千兵衛さん・・・・・」
にやっと笑う千兵衛。
千兵衛「なぁんてね。さぁ、僕らもお金をばらまいて早く帰ろう。
お頭・・・・おきよちゃんも心配するよ。」
よしき「・・・了解ですね。」
二人は歩き出した。
東の空は少し明るくなっていた。