「ずいぶんと、懐かしい夢だったな」
朝日がまだ沈んでいる時間に目が覚めた私は、ラナを起こすことなく、非常口から外に出た。
外の空気を吸いたいというのと、1人になりたかったのとがある。
私はあまり昔のことを覚えていない。
それは、自分で昔の記憶を消したからだと、医者からは言われた。
実際には、その通りだった。
モモちゃんとラナが死んで、お兄ちゃんまで私から離れてから、更正するまで、私はほとんどの記憶を失った。
ただ覚えているのは、お兄ちゃんに対する憎しみ、苛立ちだけ。
私としても、そんな記憶は無くしたいと思っていたから、多少は助かっている。
あまり良い思い出じゃないのは、残しておくものじゃないからね。
「さてと、そろそろ戻らないと。ラナは朝が早いから」
私は大きく背伸びして、また非常口からホテルの中へと入った。
そのときだった。
「ご主人様…」
ラナが、目の前に立っていた。
この時間は、どんなことがあっても寝ている時間なのに、どうしたんだろう?
「動物さんが、泣いているの」
ラナの共鳴反応。
動物が危機に陥っているときに感知する、ラナの特殊能力の1つ。
過去にも同じようなことがあって、1匹のウサギを助けた事がある。
だから信用できる。
「近いの?」
「うん。すごく、近いの。この反応は、ワンちゃんです」
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「私も行きます」
私は、ラナを背負って感じた場所へと移動する。
まだ半分以上眠っているラナを引っ張って走るよりも、こうしたほうがいくぶんか早いと思ったからだ。
ほどなくして、私たちは現場に着いた。
そこには、ラナの言ったとおり、まだ小さな子犬が倒れていた。
「大変、すごく衰弱している」
ぱっと見ただけだけど、すぐに治療しないと死んじゃうぐらい衰弱している。
とはいえ、ここは私が知らない土地。
どこに動物病院があるかどうかなんて知らない。
でも、早くしないとこの子が危ない。
一体、どうすれば…。
「あの、どうかしましたか?」
私が悩んでいると、後ろから新聞を両脇に抱えた女の子が近づいてきた。
かすかに覚えている。
確か、お兄ちゃんのところにいた守護天使だ。
「この子犬が危ないの。でも、私はここの人間じゃないから、どこに動物病院があるか、わからなくて」
「アタシ、いい動物病院知っているよ。そこは24時間営業だから、安心だよ」
「じゃあ、案内して。ラナ、しっかりあんたはホテルに戻ってなさいね」
「はい。気をつけて」
ラナをその場に残して、私は子犬を抱きかかえて、女の子のあとについて行った。