「どうぞれす」
店に入ったときに席に案内してくれた女の子に奥に通された私たちは、とりあえずその場に座った。
しばらくして、モモちゃんと、ここの女将さんが反対側に座る。
うう、なんか緊張するな。
とりあえず、まずは謝っておこう。
「さっきはごめんね。なんか、1人で浮かれちゃって」
「いえ。気にしていませんから」
正直、自分でもあれだけの浮かれたことはない。
きっと、あっちの友達があのときの私の姿を見たら、写真に撮ってクラスのみんなに見せたいって言い兼ねないかな。
「えへへ、よかったですね、ご主人様。それと、モモちゃん」
「ありがとうです、ラナちゃん」
なんか、やけに親しげに話す、ラナとモモちゃん。
知り合いなのかな?
「何? 顔見知り?」
「はい。めいどの世界で一緒に勉強をしていましたから。ただ、私よりも早く現世に行っちゃいましたけどね」
「モモは、ラナさんがいてくれて、すごく助かりました。めいどの世界でも、モモは1人じゃ何も出来ませんでしたから」
意外な繋がりに、私はちょっとびっくり。
まあ、それはおいといて。
しかし、当り前だけど、そっくり。
今のモモちゃんの髪型だって、私が1年経ってからイメチェンしたときと同じ。
知らない人が見たら、きっとドッペルゲンガーと間違えられるかも。
そういえば、ラナが初めて私のところにやってきたときも、あのときの女の子のドッペルゲンガーだって思ったぐらいだもんね。
「でも、まさかまた会えるなんて思わなかったよ」
「モモもです」
「よかったね。また会えて」
「「はい!」」
久しぶりに会ったのに、息がぴったり会った2人。
さすが、マブダチ。
私はそんなに親しい友達がいないから、なんか羨ましい。
…うん、羨ましい。
悩みを相談できる友達が側にいてくれるのは、やっぱり頼もしい。
それだけ、お互いを信用している証拠だから。
でも私は、2人と同じ年齢のときには、友達がいなかった。
モモちゃんが死んでから、私は性格が反転して、自らの殻に閉じこもる事が多かった。
1時期それが和らいだことがあったが、ラナが死んだのと、ラナのオリジナルの女の子がそれと同時に転校してしまったことで、さらに悪化した。
唯一、相談できるはずだった親は、私を有名私立中学に入れるので頭が埋まっていて、ろくに悩みを聞いてくれようとはしなかった。
いや、違う。私が自分から拒絶したんだ。
拒絶した理由は、他人だから。
親とて血の繋がりがある以外は、違う人間、他人だから。
他人に私の悩みが分かるはずがないって決めつけていたから、弱い心に触ってほしくないから、拒絶するしかなかった。
結果、素行がどんどん悪くなって、私と同じ空虚感を持っている、俗に言う不良グループと付き合うようになった。
まあ、それからのことはどうでもいいんだけど、とにかく、何でも話せる友達がいたら、もっと違う人生が歩めたのかなって思う。
「…ねえ、2人とも。ちょっとあっちで遊んできてくれないかい?」
「えっ?」
突然、女将さんがそんなことを言った。
「何故ですか?」
最初に口を開いたのはモモちゃんだったけど、女将さんはそれ以上何も言わなかった。
「…行こう、モモちゃん」
「で、でも…」
「いいから!」
ラナは女将さんの考えを感じ取ったのか、強引にモモちゃんを連れてのれんの外へと消えていった。
結果、私と女将さんがその場に残った。
「あの…」
「悪いね。ただ、どうしても言いたい事があってね」
「何を、ですか?」
「あんた、今、昔のことを思い出していただろう? それも、あんたの中で心の奥底に閉まっていた、辛い思い出を」
「!?」
ずばり当てられて、私は何も言い出せなかった。
「…どうして、わかったんですか?」
「そりゃ、あんな顔してれば誰だってわかるよ」
「…表面上は不安な顔をしないって決めていたんですけど、実際に会うとだめですね」
ここに来る前に心に止めていた事だけど、やっぱり気持ちが揺らいでしまう。
私、結構顔に出やすいから、余計そう思っていたんだけどな。
まあ、ラナに心配をかけている時点で、それは無効か。
「あたしでよければ、愚痴でもこぼしなよ」
「ですが、初めての方にいきなり愚痴をこぼすのは…」
「心配には及ばないよ。こう見えても、あたしはあの子たちの相談相手になってあげているんだ。それに、今のあんたには、気持ちをぶつける矛先が必要だからね」
「…じゃあ、遠慮なく」
「ああ。心の奥から、たまったものを吐き出しな」
「はい」
それから私は、女将さんにありったけの愚痴をこぼしたのだった。
なんか、母さんに話しているようで、すごく心地が良かった。
「ふ~う。すっきり」
2時間後。
たまっていた分の愚痴を女将さんにこぼして、私は一旦外に出た。
もう空は夕日に染まっていて、太陽が沈んでいるところだった。
「ご主人様」
「お姉さん」
大きく背伸びをしていると、千石屋の中から、ラナとモモちゃんが出てきた。
「仲良く遊んでた?」
「は、はい。タマミさんとミドリさんのお手伝いをしていました」
「そっか」
「あ、あの…」
ラナの後ろにいたモモちゃんが、私の前に出てきた。
「うん?」
「あ、あの、元気、出してくださいね」
「…ありがとう」
私はモモちゃんと同じ目線に合わせて、桃色の髪を撫でる。
昔、よくモモちゃんにしてあげたことだ。
「なんか、懐かしいです」
「じゃあ、もう1つだけ、懐かしい事をしていい?」
「なんですか?」
「思いっきり、ぎゅぅーって、してもいいかな?」
「…はい」
「ありがとう」
私はモモちゃんの側によって、力いっぱい抱きしめる。
あの楽しかった日々と同じように。
「少し、痛いです」
「あはは、ごめんね。…モモちゃん」
「は、はい」
「…おかえりなさい」
そっと、モモちゃんの耳元で呟いた。
これだけは、誰にも聞かれたくないから。
「ただいま、です」
モモちゃんも、私の耳元で呟いた。
それからしばらくして、私はモモちゃんから離れた。
そして、お互いに笑った。
ちなみに、その横でラナがすごくうらやましそうに見ていた。
「今日は、色々なことがあったね」
「本当ですね」
夜。
私たちは、ホテルに一室で寄り添うように眠っていた。
あのあと、私はモモちゃんたちから、お兄ちゃんが働いている職場の場所を聞いた。
もみじ山動物病院。
今日は夜勤だということで、私たちは今日の訪問をやめて、明日改めて自宅に行くことにした。
「にしても、ラナは気持ちいいな~」
「えへへ。嬉しいです~」
寝るとき、私は時々、ラナを抱き枕にしている。
なんか体にフィットして、すごく心地良い。
ラナがラナで、私に抱きしめられている事が嬉しいのか、大人しく抱き着いている。
「…ご主人様」
「うん?」
ラナの声が、まどろんだ声で話しかけてくる。
もうそろそろ眠る合図だ。
「何?」
「明日、会えるといいですね」
「そうだね」
「きっと、会えますよ」
「だね」
「…おやすみなさい」
「おやすみ」
ちゅ。
私はラナのおでこにキスをして、ゆっくりと眠りについた。
<続く>