「ここが、私たちが暮らしている場所ですわ」
歩く事数分。
私とラナは公園で出会った守護天使たちに連れられて、とあるアパートにやってきた。
ここに、モモちゃんが。
それと、多分、お兄ちゃんも一緒に住んでいるんだ。
にしても…。
「リフォームでもしたの?」
なんか、やけに外装が新しいのが目に付いたから、アユミちゃんに聞いてみた。
「ええ。大家さんの計らいで、1階部分が全て我が家の居住スペースとなったのですわ」
「でも、かなりの大人数じゃないとそういうことにはならないよね。今、どのぐらいの守護天使たちと生活しているの?」
「ご主人様も含めますと、合計13人になりますわ」
「じゅ、13人…」
まるでテレビに出てくる大家族、いや、それ以上の人数に、私は驚きをかなり突き抜けていって、逆にお兄ちゃんの昔の気持ちを考えた。
守護天使がいることは、すなわち、悲しい出来事を体験していることになる。
それが12人もってことは、それだけお兄ちゃんが受けた心の傷は大きいんだろうな。
なんか、私が受けた心の傷なんて、お兄ちゃんに比べたら対した事無いように思えた。
ぎゅ。
「ラナ?」
急に、またラナが私の袖を引っ張った。
こういうときは、決まって私が不安になったりしたときだ。
「ご主人様、何か心配事ですか?」
「…ううん。なんでもないよ、ありがとうね、ラナ」
私は、本当にこの子がいて助かっているな。
お兄ちゃんを探す今回のことだって、ラナがいてくれたから決まったものだし。
だめだな、私はラナの保護者兼お姉さんなんだから、もっとしっかりとしないと。
「では、参りますわよ」
「いよいよか…」
アユミちゃんたちの後に続いて、私たちはお兄ちゃんの家の玄関をくぐった。
「残念だったね、ご主人様」
「まあ、運が悪かったのかな」
私たちはお兄ちゃんが住んでいるアパートを出て、近くの商店街に来ていた。
あの後、一旦は家の中へと入ったんだけど、肝心のモモちゃんが学校の友達の所に遊びに行っていなかった。
お兄ちゃんもいなかったし、あれ以上長居する理由がないから、さっさと出てきた。
「でも、本当に良かったんですか? 待っていなくて」
「あのまま待っていても、どうせ何もする事なんてないからね。それに、いろいろと聞かれるかもしれないじゃん」
「ご主人様、そういうの苦手ですもんね」
「まあね」
ラナの言う通り、私は色々と自分の事を聞かれるのはあまり好きじゃない。
別にたいした意味はないけど、なんとなく苦手になっていた。
それを知っているうえで、ラナはあまり私のことを聞いてこない。
なんでって、前に聞いたら、
「ご主人様の過去には興味がないって言えば嘘になりますけど、今はご主人様と過ごす時間が大切ですから」
そんなこと言ってくれた。
前の日や今朝のお兄ちゃんとのことを話したのは、なんとなく気分が良かったから。
それ以外は、滅多なことじゃ話さない。
「ところで、これからどうしましょうか?」
「じゃあね、まずはここに行ってみようか」
事前に買っておいたガイドブックに記載されていた、『千石屋』というそば屋さんに行くことにした。
そろそろお昼にもなるし、混雑する前に食べてしまえば人ごみを避けれられる。
「わ~い、おそば、大好きです~」
「うどんもあるみたいだから、2人でそばとうどんを注文して、半分こしようか」
「は~い」
ということで、私たちはガイドブックに書いてあった千石屋に行こう…としたけど、もうほとんど目と鼻の先だった。
なんて偶然…。
「歩かなくてすんでよかったですね」
「まあ、こんな日もあるということで処理しましょう」
「それじゃ、入りましょう」
ラナが先頭に立って、私たちは千石屋に入った。
中はほどよく賑わっていて、そばとうどんの汁のうまそうな匂いが鼻から好印象で入ってくる。
「いらっしゃいませれす」
奥から、歳にして小学校高学年ぐらいの女の子が出てきた。
ここの娘さんかな?
「何名様れすか?」
「2人なんだけど」
「では、こちらへどうぞれす」
私たちは空いている座敷に座って、メニューを見る。
えっと、何にしようかな?
「ねね、ご主人様?」
「うん?」
前に座っていたラナが、私の隣に座ってきた。
メニューでも見たいのかな?
「さっきの女の子も、守護天使ですよ」
「NTの感?」
「NT?」
「ううん、なんでもないよ。それよりも、ラナの直感がそう告げているの?」
「はい」
もしかして、お兄ちゃんのところの守護天使なのかな?
でも、私の目的はモモちゃんとお兄ちゃんに会うことだから、他の守護天使には興味はない。
今それよりも、早くメニューを決めないと。
何しようかな…。
うん、これがおいしそうだから、これにしよう。
「ラナは何がいい?」
「えっと、きつねうどんを」
「また妥当なものを選んだね」
「私、きつねうどん大好きですから」
とはいうものの、ラナの目は思いっきり鴨南蛮に釘付けになっていた。
ったく、しょうがないな。
「ご注文はお決まりですか?」
今度はさっきの子よりも年下で、両端になにやらおにぎりぽい髪型をしている女の子が注文表を手にやってきた。
「鴨南蛮を2つ」
「ご主人様、私は…」
「無理はよくないわよ、ラナ」
「は、はい!」
満面の笑みで、鴨南蛮が食べたいですとアピールするラナ。
「鴨南蛮でよろしいですか?」
「ええ。それでお願いね」
「かしこまりました」
女の子が奥にはいくと、ラナはいきなり、私に頬をすりついてきた。
白鳥のときもやっていた、感謝の意味。
「あはは、くすぐったいよ」
「だって、嬉しいんですもん」
いつもは少し大人びているラナも、こういうときだけはまだまだ子供だと感じさせれる。
なんだか周りの視線が気になったけど、今だけはこうしておいてあげよう。
「こんにちは」
入り口から、桃色の髪の女の子が入ってきた。
私はその瞬間、全身が固まった。
多少の変わり目はあるけど、あの子の姿は、昔の私の姿。
間違いない、あの子は…。
「あら、いらっしゃい、モモちゃん」
「こんにちは。トキさん」
奥から出てきたおばさんがその女の子の名前を呼んだとき、私は既に女の子の前に立っていた。
「…モモ、ちゃん?」
「は、はい。そうですけど…」
「私、桃華だよ。平野桃華。昔、ペットショップでお兄ちゃんと一緒にあなたをお世話していた、桃華だよ」
「あっ、あのときの、お姉さん?」
「そうだよ。久しぶり!」
私は思わず、モモちゃんの両手を取って、力1杯縦に振った。
会う前の不安はどこへやらで、私は純粋にモモちゃんとの再会を喜んだ。
<続>