「やっとついた」
夜行に揺られる事、数時間。
私、平野桃華は、昔、ペットショップでお世話になったお兄ちゃんが住んでいる街へと降り立った。
ずいぶんと、大きな街なんだ。
かたかた。
おっと、そうだった。
あの子をバックの中に入れっぱなしだった。
私は急いで近くの路地裏に入って、人気がないことを確認してから、私はバックから人形を取り出した。
「もういいよ。元に戻っても」
話しかけると同時に、人形はかたかたと揺れだし、そして、大きな煙を発する。
煙が徐々に晴れてくると、そこには10才ぐらいの女の子が姿を現す。
「うう、すごく暇だったよ~」
「しょうがないでしょう。ラナの分の予約が取れなかったんだから」
出てきた早々文句を言うのは、つい先日やってきた守護天使、白鳥のラナ。
私が小さいときに手当てをしてあげて、快方してあげた子。
でも、結局人間から放たれたボーガンの傷で、死んでしまったけど。
ラナが守護天使となって現れたときには、すぐには信じられなかったけど、今はもう私の大切な子。
「ねえねえ、ご主人様」
ラナがお腹を抑えて私に話し掛けてきた。
もう既にパターンとなったから、私はバックの中からビニールに包まれたサンドイッチをラナに差し出す。
「わ~い。ご主人様のサンドイッチだ~」
「それ食べたら、しばらく歩くからね」
「は~い」
ラナはサンドイッチをすごい勢いで食べて、3分もしないうちに食べ終わる。
結構多く作ってきたつもりだったんだけど、食べ盛りのこの子には足りなかったかな。
最後にペットボトルのお茶を飲ませて、ラナの朝食その1は終了する。
「さてと、行きましょうか」
「は~い」
私はラナの手をとって駅前のロータリーまで移動して、近くにあったタクシーに乗った。
運転手さんにお兄ちゃんが住んでいる住所を見せると、わりと近くにあることを教えてくれたので、私はその前で止めてくれと頼んだ。
「うわ~」
年相応の女の子らしく、ラナは窓の外を見ながらはしゃいでいた。
貧乏学生の私には自分の車を持てるほどの経済力はないし、ほぼバイトの日々を送っているため、ラナをどこにも連れてあげる事は出来なかった。
でも、ラナはそんな愚痴を一言もいうことなく、めいどの世界で修行した家事全般をこなしてくれた。
だから、日頃の感謝を込めて、私はラナを今回の旅行に連れてきた。
ただ、金銭的な都合私1人分しか買えなくて、ラナにはマスコットになってもらったけどね。
「へえ~、お兄ちゃんはこんなところに住んでいるんだ」
駅前からしばらく走ると、そこからは閑静な住宅街が広がっていた。
地元の人から、ここは都会だよといわれていたから、もっとごみごみしたのと思ったけど、意外とそうでなかった。
「ねえねえ、ご主人様」
「うん?」
「ご主人様の憧れのお兄さんって、どんな人なの?」
さっきまで窓の外を眺めていたラナが、私の膝の上に座ってそんなことを聞いてきた。
「前にも1回話したでしょ?」
「だって、あのとき、ものすごく眠たかったから、全然覚えていないんですよ」
「…じゃあ、もう1回話してあげる」
「わ~い」
「私とお兄ちゃんが出会ったのは、商店街のペットショップだったの」
あの日、私はずっとモモちゃんを見ていた。
一目で気に入って以来、私はほぼ毎日のようにモモちゃんを見ていた。
そんなとき、いきなり「いらっしゃいませ」ってお兄ちゃんが声かけてきたときは、びっくりしたな。
「正直、第1印象はぱっとしなかったの。でも、話していくうちにね、とても優しい人だってわかったの。動物が大好きで、大切にしているんだって、小さいながらにして思ったの」
「なんだ、ご主人様と同じですね」
「全然違うよ。私なんかより、お兄ちゃんはずっと動物が好きだったの」
だから、動物の値段なんかどうでもよかったんだよね。
一緒にいられれば、この子たちと同じときを過ごせれば、幸せだったんだよね。
でも、一応は仕事なんだから、私だったら値段は覚えているな。
悲しいけど、ペットショップは動物を売る店だから。
そうでもしないと、あの子たちと一緒にいる事は出来ないから。
「その頃の店長さんに、お兄ちゃんは私を自分の妹にして、一緒にモモちゃんっていうリスザルをお世話してくれるように頼んでくれたの」
「妹になったときの感想はどうでしたか?」
「始めは驚いたけど、でも、すぐに慣れちゃった」
「どうしてですか?」
「私、1人っ子だったから、ずっとお兄ちゃんがほしかったのね。ああ、この人なら、お兄ちゃんになってもいいかなって」
「好きでした?」
「…そうかもね」
もうあの頃の気持ちはほとんど薄れたけど、私はきっと、お兄ちゃんのことが好きだった。
お父さんやお母さんに対する好きじゃなくて、異性としての好き。
最初はモモちゃんに会いたい気持ちで1杯だったけど、途中からほとんどお兄ちゃんに会いにいっていたものだったかな。
小さな私の、淡い恋心。
「今でも好きですか?」
「どうかな。実際に会ってみないことにはわからないかもね。…でも、今はだめね」
「どうしてですか?」
「だって、ラナがいるんだもの。私が異性に恋をしてくっついたら、あんたがいなくなるでしょう?」
「ご主人様…」
ラナは体いっぱいに嬉しい気持ちを出して、私の胸に頭を摩り付けてきた。
そう、今の私にはラナがいる。
守護天使である彼女は私の護るためにいると言っていたから、もし私に大切な人が出来たら、ラナが私のところにいる理由がなくなる。
なんだかんだ言っても、私はラナのことが大好きだし、大切な家族だから。
だから当分の間は、恋愛感情を持たない…つもり。
「お客さん、着いたよ」
「あっ、はい。降りるよ、ラナ」
「は~い」
私たちはタクシーから素早く降りたところは、大きな海の見える公園。
へえ、なかなかいいところじゃん。
「これからどうするです?」
「そうね…」
特に予定なんて経てないけど、お兄ちゃんはもう大人なんだから、休日だけどきっとどこかで働いていると思う。
となると、家のほうには誰もいない。
もし同居人がいたとしても、私が会いたいのはお兄ちゃんだけだから、このさい、ここで待ってみるのが妥当な線。
だけどそれは、私1人だったらのプラン。
ラナを連れているから、そうそう同じ所で待っている訳にもいかないわけで。
さてと、どうしようかな…。
「ねえ、ご主人様」
「うん?」
「あれ…」
ラナが指差した先には、高校生と中学生、それと小学生と思える女の子が4人いた。
小学生ぐらいの女の子2人が追いかけっこみたいなことをしていて、残る2人はベンチでのほほんとしている。
別にどこにでもありそうな、休日の風景。
「あの人たちが、どうしたの?」
「…なんか、同じ雰囲気がします」
「それって、つまり…」
「確信はないけど、多分、同じ守護天使だと思うの」
私はラナの言う事を、すぐに信じた。
ラナの感覚は鋭く、私が危険な目に会う前に感じて何度も助けてもらった事があった。
だから、ラナの直感はすぐに信じるようにしているの。
「どうする?」
「…行きます。だって、他の守護天使とせっかく会えたんだもの。せめて、挨拶はしたいです」
「じゃあ、私も行くよ。どうせ時間もあるし、ラナだけじゃ心配だから」
「はい。ありがとう、ご主人様」
ラナと同じ守護天使たちって、どんな子なんだろうな?
私は少しの期待を胸に、ラナを連れて彼女たちに近づいた。
<続く>