今から19年前の6月初め、とある田舎町にご主人様は住んでいました。
ある日、当時小学生だったご主人様は学校から帰る途中、近くの田んぼで綺麗なお姉さんを見かけました。
そのお姉さんは水の張った田んぼを熱心にじっと見つめています。お姉さんはご主人様に気が付くと声をかけてきました。
「あなたもカブトエビを探しているの?」
彼女は大学の生物研究でカブトエビをテーマにしているのでした。でもご主人様はカブトエビを知りません。そんなご主人様にお姉さんは田んぼを泳いでいるオタマジャクシのような生き物を指さしました。
「これがカブトエビ?」
「まるでオタマジャクシみたいでしょう?でも近くで見てみると」
お姉さんは素早くカブトエビなる生き物を手で捕まえ、ご主人様に間近で見せてあげました。
「なにこれ・・・」
「裏返すと、ほら」
「うわっ!!!」
裏返されたカブトエビの姿に驚いたご主人様は思わずお姉さんの手を払いのけました。
ポチャン・・・。お姉さんの手から離れたカブトエビは田んぼの水の中へ落ちてしまいました。
「気持ち悪いよう・・・」
「あらあら」
お姉さんとご主人様はとても仲良しになりました。お姉さんは自分の家でもカブトエビを飼って観察をしたがっていました。しかし見た目が気持ち悪いからと家族に反対されていたのです。
ご主人様もカブトエビの奇妙な姿に嫌悪感を感じてしまうのでしたが、お姉さんとこれからも会って話をする口実を作りたかった彼は、勇気を振り絞って言いました。
「僕が飼うから、お姉さんは僕の家で観察すればいいんだよ」
こうしてご主人様の家で、二人のカブトエビ共同飼育が始まったのです。
田んぼからもって返ってきた土から、一匹だけ孵化させることに成功しました。しかし・・・
「(・・・・やっぱり気持ち悪い・・・)」
自分の家で飼うと自分で言い出したのに、ご主人様はまだカブトエビの姿を気味悪がっていたのです。もちろんお姉さんはしょっちゅうご主人様の家に来られるわけではありません。彼女がずっとカブトエビの面倒を見るわけにはいかないのです。
お姉さんは水槽で元気良く泳ぐそのカブトエビをエレナと名付けました。ご主人様が怖がらないようにせめて名前だけはかわいく、ということだったのでしょう。お姉さんは言いました。
「エレナ、って名前を呼んで接してあげて。そうすれば怖くなくなるわ」
すると最初はこわごわ扱っていたご主人様も、次第にお姉さんと一緒に世話をするのが楽しくなってきたのでした。「エレナ」と名を呼ぶたびに、エレナがそれに答えてくれるような気がして・・・。
ご主人様は次第にこのカブトエビを大切に思えるようになっていったのです。