「お疲れ様──終了だよ。これで、一週間ほど待ってもらえば、完成させることができると思う……」
機械の操作を終え、白衣を着た男性が声をかけると、診察用の寝台に横になっていた女性は、閉じていた目をゆっくり見開いた。そして、さほど大きくはないのに、よく通る声で言った。
「ありがとうございます。いろいろご面倒をおかけして、申し訳ありません」
「いや、僕にとっても、研究の一環になることでもあるし、それは別にいいんだが……しかし、あなたの方は本当にいいんだろうか?」
「何がでしょうか? ドクター」
「もちろん、今作ろうとしている封冠を装着することについてだよ」
「オフィサーの私が封冠をつけていたとしても、別にそう変ということもないのではありませんか?」
「そういうことを言っているわけじゃない。あなたも分かっているだろう? ……確認しておきたいんだが、その封冠が完成したとして、あなたはそれを常に装着するわけなんだね?」
「もちろんですわ。そうでなければ、意味がありませんから」
ほんのわずかな逡巡すらない、素っ気ないほどの即答にイリノアは深くため息をつき、首を横に振った。
「正直、僕には理解できないな──実際僕としても、いくらロイ司令の命令でも、普通なら、こんなことは拒否しているところだ。しかし、当のあなたの方が承知してのことだというし……いや、あなたが司令に忠実だというのは、よく分かっているよ──だからと言っても、何もこんな命令にまで従わずとも……」
「こんな命令、とは……?」
「い、いや……その……つまり…………」
白々しいと分かっていても、あえて無関心を装ってみせる事は、すでに彼女の意思に揺らぎがない事の何よりの印でもあるのだろう。しかし……。
これは、やはりどうなのだろう……。イリノアは勇気を振り絞って、緊張でかすれた声を大にした。
「しかし……しかし何も、こんな方法でなくとも……! あまりにも、非人道的じゃないか、ひとたび指示されたら問答無用で、ロイ司令に貴方のコスプレを披露させる機能なんて!!」
「…………」
「はぁ……はぁ……」
「落ち着いてください。ドクター……」
「……う、うむ……げふげふっ……」
「私はそうは思いません。それどころか、逆にむしろずっと人道的と言えると思います。なぜなら、近頃、頓にご多忙を極める司令へのサポート増強、及び煮詰まった作戦立案の立て直し等、これらを賄うためには心身の消耗を考慮に入れない程に、倒れるまで私を働き詰めにさせれば良いのに、そうはなさらないのですから……」
「それは確かにそうだが……だからと言って……私には、まだよく解らないのだよ。貴方がコスプレする事で、司令の仕事の能率がそうした問題を全て解決できてしまう程に跳ね上がるというその理屈が!!!」
「落ち着いてください。ドクター……」
「う、うむ……すまない……」
「現在、そうなる詳しいメカニズムはまだ解明できていません。しかし、今までの十数回に及ぶ実施結果から、その因果関係はほぼ実証されています」
「じゅう……すう回も……」
「ドクター、なにか?」
「い、いや! しかし、いくらそれで司令の仕事の能率が上がると言ってもだよ。どうなのかな……そういう、上司の命令でそうした事を強制するというのは……」
「少し誤解しておられますわ、ドクター。この件、「司令をコスプレリフレッシュ作戦。」は司令のご命令を受けてからのことではなく、もともと私の発案なのです」
「あ、あなたの発案?! しかも何気に名前ついてるし……」
「はい。むろん、ご説明申し上げましたら、すぐご許可をいただけて、即座にドクターにご依頼下さったのですから、このことの有用性を司令もすでに充分お認め下っていることと思いますが?」
「即座にって……あの人は……(;´Д`)」
「現在の状況、内容の困難さから言って、単に人員を増やすという方法では解決できない問題なのですわ。それを、私がコスプレを披露するだけで司令ご自身の能率がそれほど向上するのなら、コストとしても安いものです」
「あなたは……。──仮にも、自分の……今までエマステのみんなが持っていたイメージを、そんな軽く捨ててはいけない」
「申し訳ありません。でも、ですから、そうしないためのこのシステムなのですわ。私としても、もちろん無駄に自分のキャラを捨てたくはありませんし……」
「それは、どういう意味なのかな……?」
「はい。今までは、私の意志でコスプレさせていただいていましたが……今度は、司令の命令に反応して、封冠が強制的に私にそうさせるわけですから、『ホントは私、そんな事するオンナじゃないのよー♪』という言い訳が……」
「なるほど!そういうことか……ってちゃうやろ!!(;´Д`) そんなん誰も納得せえへんがな!(;´Д`)」
「それに、それでは、ドクターのご協力をいただけないことは分かっておりましたから」
(いや、たとえ司令の発案でなかったとしても、この件引き受けた事を僕はすでに後悔し始めてるんですけどー……)
何と言うべきか分からなくなったイリノアだったが、しばらくしてようやく、
「だが……よくも、そんなことを思いついたものだ。──司令のためとはいえ、よくぞそこまで……」
「別に大したことではありません。そもそも、こうした役は現在の所、私以外に勤まる人がいないのです。実は以前、フェンリル内の女性ランサーの方々に声をかけてみたのですが……」
「組織内で(コスプレの)スカウトしてたのか!!Σ( ̄□ ̄|||)」
--- コスプレ スカウト回想 ---
(白鳥のセリーナの場合)
セリーナ「はぁ!? 司令の前でコスプレ!? 何考えてるのあの人……ただでさえ普段こき使われてるってのになんでわたくしがまたそんな酔狂に付き合わなきゃいけな……」
メティファ「…………」(テープレコーダー録音中)
セリーナ「!? ちょ、ちょっと待った。いまの発言、オフレコ、オフレコ(汗)」
(カンガルーのアリスの場合)
アリス「コスプレですか? なんだかおもしろそうですね! フェンリルの休日イベントとかなにかですか?」
メティファ「いえ、司令の気分転換……」
アリス「イ、イヤー! レオンさんの前でないと、イヤー!(意味不明)」
(イタチのアズマの場合)
アズマ「こすぷれ……? それは、一体、どのようなものなのでしょう……」
メティファ「はい。様々な衣装を着て、みんなで歌って踊って楽しむ催しです(後半ちょっと適当)」
アズマ「まぁ……なんだか……楽しそう……」
メティファ(この方は……落とすのが楽そうですね)
アズマ「ですが、そうした事に参加するには、一度霊能局から許可を頂かなければ……」
メティファ「すでに連絡は着いています。これは命令でいえば“天命”という扱い……」
アズマ「!? はい、そういう事でしたら、全身全霊を懸けて、その『こすぷれ』というものを……」
その時、二人の居る廊下の奥から爆音が!!
カムド「メティファ貴様ぁあああ!! 妹をたぶらかすなァーッ!!!」(殲魂大絶賛抜刀中)
メティファ「ふぅ……惜しい所で……」
アズマ「…………??」
(蠍のクリムゾン&蜘蛛のノワールの場合)
ノワール「え、コスプレに興味? いえ……そういうのは私たち、あまり……」
クリム「うーん、でも、面白そうではなくて? 私は少し、興味あるわ。やってみようかしら……」
ノワール「え!? クリム……。そうね……クリムがそういうのなら……色んな衣装を着る事で、自分達のスタイルをまた客観的に見れると思うし……」
ワイルド「……」(興味なし)
メティファ「では、お二人とも、参加という事でよろしいですね」
クリム「で、一体どういうイベントなのかしら」
メティファ「はい、司令の前で……」
クリム&ノワール「……ッ!?!?」
ワイルド「…………」(興味なし)
クリム「私、パスするわ。ノワール、後学のために行ってきなさい」
ノワール「ひどい! クリムこそ、行けばいいじゃない。興味あるって言ってたでしょう!」
クリム「いえ……だから、あれはあくまで……」
ワイルド「………………」(あくまで興味なし)
(リスのユナの場合)
ユナ「コスプレ? ……おもしろそうですね」
メティファ「(この人がコスプレの類いに興味を示すのは、すでに計算済……さらに、今までのパターンから言って、『司令の前で』というキーワードは使わないようにしなくては……)ええ、多くの女性ランサーからご参加頂いておりますので(の予定)、是非ユナさんも……」
ユナ「(キュピーン!)ちょっと待った!!」
メティファ「!?」
ユナ「いまなんだか嫌な予感がしました。スペルカード「ダウト」! 発動!!」
ダウトカード『し、し、司令の前でコスプレ……』
ユナ「キャー! 嘘つきですわー!」ボンッ(スペルカード「リレミト」で本部から脱出)
…………しーん…………
メティファ「…………リスのユナ、推定危険察知能力、15ポイント追加で隊員能力データベース更新……」
(白鷺のサキの場合)
サキ「…………」
メティファ「…………」
サキ「……あの、私に何か?」
メティファ「……いえ、何でもありません。やはり、この件は無かった事に……」
サキ「??」
「結果は全滅……。よって、残る私がその役目を果たす事を決めた……それだけのことですわ」
「それだけのこと、か……。やはり、僕には分からない……どうして、あなたは平気で、そこまで自分を犠牲にできるんだ?」
「犠牲、などではありませんわ。メリットもあるのです」
「メリット……?」
「司令が、いつも、その……品評してくださいますので……私としましても、自分のスタイルを見直す、良い機会……」
「なっ! 毎回、点数までつけてるのか、あの男は!!Σ( ̄□ ̄;)」
「それじたいは取り立てて言うほどのことではありません。そして、それもまた、どうしても必要なことなのです。むしろ、そうでなければ、このシステムは片手落ちと言うべきです。仮に、私がプロポーションを落とすような事があれば、司令の仕事の能率もそれに比例して落ちる事を……」
「意味するというんですか……(;´Д`)」
イリノアは思わず唸った。理屈として疑わしい言葉は、なおも整然と流れていく。
「私はいよいよ他にどうしようもない時には、スポーツジムに通うぐらいの覚悟もあるつもりですが、そういう場合、それぐらいでは全く不充分です。どんな状況にあっても、自分のスタイルを維持できるとうぬぼれられるほど、私は自信家ではありません。度重なる残業、多忙のため取る事を余儀なくされるコンビニのお弁当、あるいは、食べたくもないのにいちいち私に勧めてくるアリスさんの自作チョコレート……私のカロリーコントロールを崩す事が可能な要因など、いくらでもあります。特に、ミス・サキが度々諸般の事故により酔いどれ状態になりますが、体型が変化してしまう程のあの怪力に抱きつかれでもしたら、私のそれまでの必死の努力が、完全に水の泡です。その場合は、できるだけシルエットを誤魔化せるコスチュームを選ばざるを得ません……」
(この女性は、自分自身をすら、信じてはいないのか……。いや、と言うより、どこまでも冷静に客観的な思索を積み重ねた結果、フェンリルの職場環境は色んな意味で問題があり過ぎるという結論を導き出したと言うべきなのか……だが、そんな彼女が、ロイ司令にだけはそんなふうに、自分のコスプレを何もかもを見せてしまうというのは……? ──いかに忠誠の対象とはいえ、ここまで論理的な頭脳の持ち主が、そこはいささか腑に落ちないな……司令を盲信してしまっているような輩とは違って、彼女の理性は司令の無謬性を無制限に信じたりはしていないはずだ──むしろ、客観的にごくあたりまえの常識で見て、司令の『コスプレと仕事の能率』という突っ込みどころ満載な因果関係の正当性について冷たい視線を送るというような事が、彼女のような知性には、よりふさわしいことじゃないだろうか?)
イリノアのそうした思考は、まさにその対象たる女性の新たに発した言葉によって中断された。
「そして、そのことは、同時に司令にとって、忘れがたい思い出にもなり得ます」
「忘れがたい……思い出?」
「分かっていただくために、ドクターにだけは特別にお見せいたします──司令に披露した今までの数々のコスチューム……とくとご覧あれ!」
ぼんっ!(コスチュームチェンジ効果音)
「な……ッ!」
(メティファ は セーラー服女子高生 に なった !)
セーラーメティファ「早く早く、遅刻しちゃうよ♪」
(なんと……可憐な……! その上、全く違和感のない……今だ女子高生としても通用するあどけなさを、その美貌の中に秘めているというのか……!? byイリノア評)
ぼんっ!
(メティファ は 婦警さん に なった !)
婦警メティファ「逮捕しちゃうぞ♪(笑顔)」
(く……うっかり駐車違反とかで捕まっても、これは言い訳できそうにない……!)
ぼんっ!
(メティファ は 部活中の体操着姿 に なった !)
ブルマーメティファ「イリノアセンパイ☆ 応援してまーす♪」
(な……ブルマーまで、履きこなしてしまうとは……! いや、年齢的にどうなのかとは思うが……セクシーな脚線のうえ、上はジャージの上着を軽く羽織っているのが、なんともそれらしい!!)
ぼんっ!
(メティファ は スク水姿 に なった !)
スク水メティファ「ふわぁ〜ん、お兄ちゃん、私、泳げないよぉ〜」
(しっかり、『めてぃふぁ』と名札まで付いているし、しかもデザインは旧式だ……。ちょっと待て、つまり、こういうレパートリーが司令の好みなのか……? しかも、さっきから完全になりきってるし(汗))
こうして、時間は瞬く間に過ぎてゆき……
「……お粗末様です」
イリノアは言葉を失った。
絶対的な美──いや、これはもはや美などという、言葉通りのその位置にただ留まるものではなく、それに徹するようでいて、それを超えることのようだった。最初に感じた気恥ずかしさ、いや、というより特務機関の業務中に「私なんでこんな事してるのかしら」というそもそもの疑問すら自ら抛つことで、本質的にはおそらく誰であっても他人を信用などしないあの男に、人間的な信頼関係などはいっさい求めず、しかし、そのうえで誰より司令の趣味に応えようというのか……この女性は……!
「あなたは、たいした女性だな……」
イリノアは眼の前の女性をあらためて見直した。知的だが、華奢でたおやかで、そんな凄まじい強靱さなど、どこをどう探しても見つからないかのようなこの女性の萌え要素を、今初めてはっきりと知らされた気がした。
「──僕はかつて、誰より美しく、そしてまた、強くもあった女性を知っている……。だが、あなたは彼女とはまた別の意味で、この上なく美しい女性のようだ」
「勿体ないお言葉です……」
「あいわかった! それではあなたの望み通りの、その封冠を制作することにしよう!! やはり、僕自身の気持ちとしては、そういう物を作りたくなどはないが……本当は、あなたが考え直してくれるなら、その方がいいと思ってもいたんだけどね。だが、そこまでのあなたの覚悟と実力を見せられては、もはや僕などが安易に口を挟むべき事柄ではないように思うっ!!」
「ありがとうございます、ドクター。ご理解いただけて──心から、感謝いたします」
頭を下げた相手に、イリノアは横に首を振り、
「いや、いいんだ。……これは言わば、僕があなたにできる、せめてもの尊敬の印なんだからね。決して賛成はできないが、あなたがいま見せてくれたものには、相応の敬意を払うだけの価値がある」
彼の言葉に、彼女はスク水姿のまま、にっこり微笑んだ。その全く何の影もない姿に、イリノアはそれだけにかえっていたましいものを覚えずにはいられなかった。
「引き受けてくださったお礼と言っては何ですが、もう一つだけ、お見せしたいと思います」
「えっ……?」
ぼんっ!
(メティファ は ミニスカ ナースさん に なった !)
ナースメティファ「イリノア先生、急患……入りました」
(ああっ!! これは、僕が密かに前から欲しかった美人アシスタントナースさんっ!!)
「お萌えに……なりましたでしょうか?」
「最後に、ひとつ、お願いしてもいいだろうか……」
震えた手で、ある物を取り出しながら、そう言った。
「何でしょう」
「写真に撮っても、良いだろうか……?」
「……残念ですが、私のコスプレ写真を撮る事ができるのはロイ司令だけです」
「(つд∩) ウエーン ウエーン 」
この日より、フェンリルにおけるアンチロイ派の人数が一人増えたという……。
─ (崩れ落ちるように)FIN ─