血の十字架(ブラッディー・クロス)

 はじかれたように、呪詛悪魔たちは反応した。
 甘く見てかかるような態度はなかった。それだけ訓練され、戦い慣れていることもある。が何より、異様な雰囲気を全員が感じ取っていたのだ。
 あっという間に、近くにいた者たちがそれぞれ武器を手に取り、扉のそばの侵入者に対し、半円の包囲陣形を組んでいく。相手——たった1人の男は、その間身じろぎ一つしない。
 同時に建物の奥まった一画の小屋のように区切られたところには、何人かの者たちがすぐさま集まった。声が飛びかう。

「周りの様子は? 他に敵は?」
「見当たらない」
「こっちもだ」
「こちらも確認できる限り、周囲にそれらしきものはいないそうだ」

 数台のモニターを操作していた者達、そしてまた、部屋のすみで座禅を組むような格好で座っていた女から確認を取った男が言った。

「すると——本当にたった1人で、正面から乗り込んできたというわけか・・・囮でも、陽動とかでもなく」

 報告を受け、中央のデスクにかけた初老の男が考え深そうに呟く。抜け上がったように広い額の下の三白眼が油断ない光を放っている。ジャケットにワイシャツというごく普通の姿である。しかし、周りの者たちがあまりにも種々雑多な格好をしていたために、ここではこの平凡な服装はある意味かえって浮いていた。

「は! とんだイカレ野郎だな・・・!」

 冷静な態度のデスクの人物とは反対に、その近くに立つまだ若く見える男は、いまいましげに吐き捨てた。美男だが、端整というより派手な顔立ちという方が似つかわしい。格好も黒と青の薄い生地でひらひらした飾りの多くついた、まるでアイドル歌手かダンサーのステージ衣装のようなものを身にまとっている。そのうえ、長く伸ばし逆立つような形で固めた髪の方は黄色から橙、赤までのグラデーションに染め上げ、目立たずにはおかない外見であった。

「・・・そうナラ、いいガ」

 隣にいた男が応える。巨漢である。若者もかなりの長身だったが、それよりゆうに首ひとつ高く、また肩幅は倍ほどもあり、一人で部屋を狭くしている印象があった。その巨体だけでもそうだったろうが、さらに胴体部分に鎧のようなものを着込んでいるのが異様で、初めて見た者は例外なく目を剥くことだろう。隣の若者が派手で人目を引くとすれば、こちらはむしろ目にした相手をぎょっとさせる。

「なに? どういうことだ?」
「イヤ・・・奴はタダ、本当に1人でオレたち全員を始末するつもりだけナノかもシレン」

 野太い、大きな声だというのに、発音が妙に不明瞭で聞き取りにくい。なぜか、ところどころに擦過音のようなノイズが混じるのだった。しかし、相手は慣れているのか、そのまま反論した。

「ばかな・・・どんな奴だろうと、1人でのこのこ乗り込んできた時点で、その運命は決まっている」
「そうカ?」
「そうだとも、決まってるだろうが! あんたらしくもないな、ガルシア!!」

 いらいらした様子をつのらせた若者は相手に食ってかかる。

「たった1人で、何ができる! 今ここにいる人数で、俺たちは中隊規模の大天使の部隊とだってやり合える。あんな奴、敵じゃない!!」
「相手のことが何もわからない以上、その判断は早計だぞ、アレク」

 最初に報告を受けていた年配の男が落ち着いた声で口をはさんだ。

「! あんたまで何だ、ニール!!」
「聞け。奴がただの無謀なだけの道化なら、何の問題もない。だが、そうでないなら、こうして仕掛けてきた以上、何らかの目算があると見るべきだ。ダグ達がいない今、用心に越したことはない」
「ふん」
「それに——おまえもわかるだろう、我々が今感じているもの・・・この、心がざわつくような・・・これは、気のせいか?」
「む、それは・・・」
「まあ、少し様子を見る。何もなければ、すぐ終わる。何かあったとしても、指揮はバステラだ。すぐ滅多なことはあるまい」
「・・・わかった」

 ありありと不満は残しながらも、若者は引き下がった。
 その時、銃声が響いた。1発や2発ではない、数10発がほとんど間をおかず。皆、一斉に外の様子をうかがった。ニールの言う通り、あるいはそれで片がついたかもしれない。
 だが—— 敵は倒れていなかった。反対に仲間の4、5人が倒れているのが見えた。相手の方は銃などの武器は何も持っているようには見えないのにである。
 そして、バステラの叫ぶ声が聞こえた。

「いかん! 銃は使うな!!」


P.E.T.S & Shippo Index - オリジナルキャラ創作