夢追い虫カルテットシリーズ

VOL.47「味の終焉」

守護天使ユニット「夢追い虫カルテット」のいる日高家では、料理は手料理なのが通例である。
しかし、たまには4人にも休みをあげたい、という光彦の思いから外食することも多かった。その際は、決まって家の近くの中華料理店「大連」を利用するのであった。
その日も、光彦とカルテットは中華料理店にいた。

ひとみ「ご主人様はこの店に連れて行ってくれることが多いですね。」
光彦「うん、ここの料理はいいよ。僕好きだよ。」

5人は、その店の変わらないおいしさに期待していた。しかし、その日はある重大な変化があった。

みゆう「ご主人様、この張り紙何?」
光彦「何々…『大変申し訳ありませんが、大連は今月末をもって閉店いたします。』?ちょっと、これもう一週間ちょい先じゃないか!」

何と、この中華料理店がなくなってしまう、というのである!

光彦「こ、これはどういうことですか?」

思わず光彦は、接客に来ていた店主の妻(この店は家族経営)に質問した。

店主の妻「それね。もう私も主人も体力が持たなくなってきて…。疲れた体で料理を作ってもおいしくないし…思い切ってやめようってことになったのよ。」
光彦「そうですか…それは残念ですね…。」

光彦はがっかりし、その思いを述べた。
しかし、意外だったのは、カルテットの4人がそれに続く格好になったことであった。

みゆう「ここ、なくなっちゃうの?そんなのやだよ!」
まゆり「ご…ではなく、光彦さんにこのお店に連れて行っていただいて以来、わたくしたちはこのお店の味が忘れられなくなってしまったのです。」
ひとみ「お願いです、やめないでください!ここにはあたしたちの思い出も詰まっているのです!」
あすか「お願い…します…。」

思わぬカルテットたちの懇願に、光彦は当惑した。

光彦「ちょっと…。みんな、わがまま言っちゃだめだよ。…すみません。」
店主の妻「いえいえ、むしろうれしいですよ。この店のことをこんなに好きでいてくれるなんて…。」

少しほろりとする店主の妻であったが、カルテットはそれに構わず、また新しい提案をしてきた。

ひとみ「それでしたら、あたしたちをここで働かせてください!ご…おっと、光彦さん、お願いします!」
まゆり「私からもお願いいたします。」
みゆう「ねえお願い、働かせてよ!」
あすか「お願い…します…。」
光彦「そ、そんなに言うのなら…僕は止めないけど…。でもお店側の都合もあるし…。」

圧倒される光彦。その時、店主の妻が口を開いた。

店主の妻「じゃあ、主人を呼んでくるわ。そこで話をしましょう。」

少しして、店主(コックでもある)がやって来た。

店主「話は聞いたよ。君たちかい、ここで働きたいというのは。」
まゆり「はい。」
ひとみ「やるからには、一生懸命やります!」
光彦「…というわけなんですが…どうですか?」

店主は、しばらく考えた後、明るい表情で言った。

店主「分かった。じゃあ閉店までここで働いてもらうことにしよう。」
ひとみ「本当ですか?」
まゆり「ありがとうございます!」
あすか「ありがとう…ございます…。」
みゆう「ありがとう!」
店主「イヤー、この年になって、こんなにかわいい子が来てくれるとはねー。うれしいことだよ。」
店主の妻「あなた!」
店主「…ごめんごめん。ともあれ、明日から早速よろしくお願いするよ。」
まゆり&あすか&みゆう&ひとみ「はい!」
光彦「いや…。全くどうも…。すみません、わがまま聞いていただいちゃって。」
店主の妻「気にしないでください。正直言って、このまま終わるのはさびしかったんです。でもこれだけ若い子が来てくれると、明るく終われそうな気もしてきましたよ。」

かくして、カルテットの4人は中華料理店で働き始めることとなった。
カルテットの仕事の中心はやはり接客であった。

ひとみ「いらっしゃいませ。何にいたしますか?」
あすか「ラーメン…お持ちいたしました…。」

その他にも、人通りの多い所で閉店セールの宣伝をする仕事もあった。

まゆり「『大連』最後のご奉仕です。ぜひいらして下さいね。」
みゆう「よろしくねー。」

このような地道な活動は、街の人々にかなりの好印象を持って迎えられた。

人1「『大連』にかわいい娘たちが来た、って知ってるか?」
人2「ああ、俺も見たよ。」
人3「閉店セール、行ってみようか?」

そして閉店セールの日、「大連」には行列ができていた。

ひとみ「すごいことになりましたね…。」
みゆう「でもやりがいはあるね。」
まゆり「がんばりましょう!」
あすか「そう…です…。」

それからは嵐のような時間が過ぎた。

客1「お姉さーん、ラーメン3杯お願い。」
ひとみ「はい、ただいま!」
客2「こっちは餃子とレバニラ炒め。」
みゆう「はーい!」

大勢の客が入れ替わり立ち代わり「大連」を訪れた。
しかし、この大勢の客の中に、光彦の姿はなかった。
実は、閉店セールの前日、「あっと驚くことがあるから閉店時間を過ぎてしばらくしてからお腹を空かせた状態で来て下さい。」とカルテットから釘を刺されていたのである。
そして閉店後。

光彦「来たよー。」

光彦がやって来た。

みゆう「来たみたいだよ。」
まゆり「ちょっと待って下さいね。」

来店してきた光彦を、カルテットは少し待たせた。
そして…

ひとみ「牛モツ炒めです。」
みゆう「あたしは鳥の唐揚げ。」
あすか「レバニラ…です…。」
まゆり「私はもやし炒めですわ。みんなで食べましょう。」
光彦「おお、これはおいしそうだな。では…。」
5人「いただきまーす!」

光彦とカルテットは食べ始めた。そして、おいしい食事はあっという間になくなったのであった。

光彦「ああ、おいしかった。」

満足そうな光彦。とここに、店主夫妻が出てきた。

光彦「あ、どうも。ごちそうさまでした。」
店主の妻「お礼ならこの子たちに言うほうがいいですよ。」
光彦「は?」
店主「実は、暇を見てこの子たちに好きな料理一品ずつの作り方を教えていたんだよ。この料理はこの子たちが作ったんだ。」

衝撃の事実に、光彦はびっくり仰天した。

光彦「何だと!」
ひとみ「あたしたちが無理を言って頼んだのです。このままこの店の味が消えてしまうのがいやだったから…。」
光彦「やけに帰りが遅いと思ったら…そういうことだったのか…。すみません、ほんとたびたび…。」
店主の妻「いえいえ。私たちも閉店をにぎやかに迎えることができて、そして料理を教えることができて、本当に楽しかったですよ。」
店主「本当にこの子たちには感謝しているよ。これでこの店も喜んでくれることだろう。」
光彦「店主さん…。」

その場にえもいわれぬ空気が流れた。
そして…

光彦「それでは、どうもありがとうございました。」
店主の妻「いえ、こちらこそ。」
ひとみ「ありがとうございました。」
あすか「さよう…なら…。」
みゆう「元気でね!」
まゆり「また来るかもしれませんわ。」
店主「ああ、それじゃあ。」

かくして、中華料理店「大連」はその最期の時を迎えたのであった。しかし…

あすか「今日は…レバニラ炒めです…。」
光彦「おお、これはおいしそうだ。」

「大連」の味は今も日高家で生きているのであった。

おわり


この話は、父方の実家の近くにあり、味もよく、一族の利用率も高かった中華料理店「満州」が2003年5月をもって閉店することを知ったことによりアイディアが浮かびました。そのせいか、内容はかなりまともです。
ちなみに、「満州」は「大連」の名の元ネタでもあります。
ついでに言うと、話の中でひとみとまゆりは「ご主人様」と言いかけて飲み込んだりもしています。関係がばれるといろいろと面倒なので。(店主に聞かれた時は何とかごまかしたのでしょう。)


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