P.E.T.S[AS]

第5話「温泉旅行」

あれから、どれだけ時間が経ったのでしょう。
目を開けてみると、もうすでにこの屋内には明かりが灯されていました。夜になったのでしょうか。
『目を開ける』という表現は、正しくないのかもしれません。
なにしろ、私の瞳は動かないのですから。

この屋敷に運び込まれ、今日一日私は様々な来客にこの姿を見られました。
息を呑んでずっと私の姿を見つめ続ける人、私を物珍しそうに横目で見ながら通り過ぎる人、私を見て思わず顔をほころばせる人……。
反応はどうあれ、誰もが私を石でできた像だと思っています。
でも、もし私が『意志』を持っていると知ったら、みんなどんな顔をするでしょうか。
天使の姿をして、そして『意志』があるのだとしたら、もしかしたら私は本当に天使なのかもしれません。
ですが、私は天使だという自覚がないのです。
『天使』であった覚えがないのです。
私には過去の記憶がありません。自分の名前も、以前自分が経験した事も、全て……。
初めからないのか、あるいは忘れてしまったのかもしれません。
私は、本当に天使なのでしょうか。

今日、とても可愛らしい女の子を見つけました。
私が顔の覆いを外された時から、その子は私を見つめていました。
彼女の目の輝きようといったら……。
何も覚えていない抜け殻のような私ですが、誰かをこの姿で楽しませることなら、できるのかもしれません。
彼女のとなりには、男の人がいました。とても凛々しい、そして全てを吸い込んでしまいそうな深い青色の眼をしていました。
何故か、彼は私を疎ましそうな目で見ていましたが。

だんだん……意識が薄れていきます。
人間で言えば、眠りが近づいてきたのでしょう。
あの子が再び来てくれることを願って。
私はまた、しばらく目を閉じることにします……


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