黒猫は夏が嫌いなんです。

第2話「転校生といえばもうわかりますよね」

「やっほーっ! おっはよーん沙都紀ィ!」

 朝。なんとか「俺も行く」としつこいルイをなだめすかして(結局鰹節で黙らせた。やっぱ猫だ)家を出ると、昨日感動の再会(笑)を果たす前に別れた友人、双六 朱(スゴロク・アキラ)が私に飛びついてきた。

「ぐふっ」
「今日も今日とて絶好のボディブロー日和だねっ!」
「お前は毎朝ボディブローする癖をやめろ!」

 仮にも剣道部主将の私に朝っぱらからボディブローをキメてきた朱は拳闘部という格闘技系のマイナーな部活の主将である。なのでコイツの拳は並の人間なら一発で昏倒するレベルなのだが、いかんせん私はそれを中学時代からやられている。この衝撃ももう慣れたものである。

「ニャハ、やめろといわれてやめる人はいませんのでしてよ。さっ、早くいこいこ!」

 ボディブローをキメて私にニヤッと微笑みかけると、彼女はさっと身を翻して私の前を歩き始めた。彼女の背で結った三つ編みが歩くたびふらふらと揺れる。
……なんで私の周りには猫みたいな人間が多い(一人はモノホンの猫)んだろうなぁ。
 そう思いながら、私はのんびりと彼女の背を追った。

 

 

「えー進級早々だが転校生を紹介するー」

 先生のヤル気なさげなこの宣言により教室中がざわめいた。そんな中私は凍りついた。

フ ラ グ だ

 古今東西の学園物語の中、このテのタイプは手垢でベッタベタになるほど使い古されている。昨日のアレを受けた私としてはこの先の展開はもう読めたも同然だった。
確実にくる。確実にアイツがやってくる。確実にアイツがアイツがアイツがアイツが(以下略)。
 ガラッ

「あー今日からうちのクラスに入ることになった七延 瑠依(シチノベ・ルイ)君だ。仲良くしたれよー」

や っ ぱ 来 た か ー ッ !!

 クラスに入るやいなや女子の「きゃああああっ」という黄色い歓声を向けられた転校生——七延 瑠依ならぬ黒猫のルイは、うちの学校の制服をまとい猫耳猫尻尾はどこへやら男子生徒そのものと化していた。なるべく目線を窓のほうへとそらしたのはいうまでも無い。
 コイツ……ヘンなことしたらタダじゃおかん。家に帰ったらこっぴどく説k「沙都紀?」うああああああああ!!!!

「ッ……!」

 早速名前を呼ばれて心の中では絶叫である。ヤバいやめろ。教室中の女子からの槍のような視線と隣の席の朱からのニヤニヤという視線が真に痛い。

「沙都紀もスミに置けないなぁ♪ こーんないーい転校生を転校前にタラシこんじゃうなんてぇ……」
「タラシこんでないっ!」

 思わず反論する。その際にルイとばっちり目が合ってしまい、反射的に彼の顔をまじまじと見てしまう。
ところどころハネた感じのある黒髪、おそらく170後半と思われる長身、すらりとした痩躯、切れ長の目。どこからどうみても申し分の無いイケメンという奴である。
 ……改めて見てみるとかなりの美形だった。くっ、猫のクセに……!
悔し紛れ照れ隠しにぷいっとそっぽ向くと、ルイが「んっ!?」とびっくりした気配が伝わってきた。先生は女子が色めき立つのにも無関心な風で「そんじゃ七延、てっとりばやく自己紹介してくれ。残り時間2分」といった。残り時間少なすぎだろ!
 ルイは今まで「沙都紀」と「んっ!?」としか発していない口を開き、こうのたまった。

「七延 瑠依だ。俺の沙都紀に手ぇ出したらコロス」

「「「…………………………………………。」」」一同沈黙。

 そして私は悟った。

 私の平和は終わりました。

私vs.ルイの爆弾発言、もしくは私vs.女子の戦争が開始した一言だった。


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