そんなある日、買い物に出ていたまゆりがあるポスターを見つけた。
そこには、このようなことが書かれていた。
「猫を探しています。黒猫のメスの子猫で、名前はミーシャです。」
物思うところの合ったまゆりは、ポスターをはがして持ち帰り、他の仲間たちに見せた。
まゆり「ねえ、この猫のことなんですけど、ひょっとしてひろみではありませんか?」
みゆう「あ、ほんとだ。そっくり。」
あすか「…だから最近元気が無かったのですね…。」
まゆり「ひとみ、ひろみを元の飼い主に返してあげましょう。」
その時、ひとみの顔が急に泣き顔になった。そして、強い口調で言った。
ひとみ「いやです、返したくありません!ひろみは大きくなるまであたしが育てるんです!」
普段のひとみの言動からはおよそ考えられないセリフに、まゆり達は驚いた。
あすか「…どうしたのよ、ひとみちゃんらしくない…。」
ひとみ「とにかくいやなんです!」
みゆう「でも…」
ひとみ「あの時、みんなあたしの気持ち分かってくれなかった!
あたしは、恋も…ママになることも…う、うわーん!!」
ひとみはそう叫ぶと、ひろみを抱えて部屋にこもってしまった。
残されたまゆり達は、突然のひとみの行動と、自分たちの何気ない雑談に対する罪悪感で凍りつくしかなかった。
しばらくして、光彦が帰ってきた。
光彦「ただいま…ってあれ、みんなどうしたの?」
まゆり達は、今までの一部始終、ひろみの飼い主が見つかったこと、ひとみが返すのを嫌がっていること、そして自分達の雑談がひとみの心に微妙な影を落としたことなどを話した。
光彦「よし、分かった。僕が説得しよう。」
こうして、光彦がひとみの説得にあたることになった。
光彦「ひとみ、入るよ。…なあひとみ、こんな話を聞いたことがあるかい?
昔、一人の子供を争って、二人の母親が自分こそ本当の母親だ、
と訴え出る事件があったんだ。このとき、裁判を担当した大岡越前という人は、
引っ張り勝ったほうが本当の母親だといってね、子供の引っ張り合いをさせたんだ。」
ひとみ「それでは子供が怪我してしまうではありませんか。」
光彦「まあ最後まで聞きなさい。とにかく、二人の母親が引っ張り合ったんだよ。
その時、子供が痛がって泣くんで、片方の母親が手を放してしまったんだ。
放さなかったほうは、勝った、と喜んだけど、大岡越前は、放したほうを思いやりのある
本当の母親、としたんだ。僕の言っていることが分かるかい?」
ひとみ「…いえ。」
光彦「つまりね、『ママ』というのはね、子供の為を思うなら、
時には子供を手放す強さも必要だということだよ。今はその時じゃないかな?」
ひとみは、その言葉に「はっ」となった。
さらに光彦は続けた。
光彦「ひとみは、『ママ』になれないことがすごく辛いみたいだね。
でも僕はひとみのことが好きだし、頼りにしてる。僕だけじゃない。
みゆうも、あすかも、いやまゆりだってひとみのことが好きだし、頼りにしてる。
ひとみは今でも十分『ママ』だと…」
そこまで光彦が言ったところで、ひとみは立ち上がった。
ひとみ「分かりました。あたし返しに行きます。ご主人様もついてきてください。」
光彦「よく言ったよ、ひとみ。」
こうしてひとみと光彦は、ひろみをつれて飼い主宅に赴いた。
飼い主「あなた達がミーシャを拾ってくれたんですね。大事にしてくれてありがとうございます。」
光彦「ほら、返して。」
ひとみ「…はい。ひ…いえ、ミーシャ。もう飼い主とはぐれちゃだめだよ。」
光彦「では私達はこれで。」
飼い主「本当にありがとうございました。さようなら。」
そして、帰り際。硬い表情のままのひとみに、光彦が話しかけた。
光彦「ひとみ、今日は本当にエラかったよ。」
その時、ひとみの中で何かが切れた。そして、光彦にしがみついて大声で泣き始めた。
ひとみ「ご主人様ぁー。」
夕暮れの街にひとみの泣き声が響き渡った。