レギオンだった。
その怪物は四肢を空洞の壁について体を支えながら、ずりずりと空洞をよじ上ってきている。
「くそ! 管制室にまできやがったか!」
魔物は恐るべき速さで管制塔の目の前まで到達し、ドアに体当たりをかけ、吹き飛ばし、さらには壁を砕いて体をむりやり押し入れてきた。
「諸々のデータと地図をダウンロードした。もうここは用なしだ。サキ、あっちのドアから上に上がるぞ!」
「ええ!」
レギオンとは反対側のドアを開け、続く階段を上ると、急に視界が開けてきた。二人は屋上のような場所に出ていた。
「外だ……施設の外に出たんだ!」
「逃げ場所は……!」
屋上の広さは数十平方メートルほどで、屋上とはいっても、周りは全て黒い石のタイルの壁で覆われており、
上空だけがぽっかりと空き、そこから魔界到着時にも見た、極彩色の妖しい雲の渦が二人を見下ろしていた。
ちょうど、巨大な井戸の底にいるような状況だった。
「横に逃げ場はない。なんとかして壁をよじ登るしかないな」
「はぁ……はぁ……」
サキは息苦しそうにしていた。続いた連戦のせいで、もう殆ど体力が残っていないようだった。
おそらく、もう次は戦えないだろう。
「大丈夫か、サキ。今から上に昇るぞ。残りのロープが上に届けば良いが……」
レオンがそう言ったとたん。強い地響きが鳴り響き、魔獣の到来を伝えてきた。
「もうきやがったか……うぉ!?」
レギオンの姿を見て、レオンとサキは驚愕した。狭い階段をくぐり抜けてきたからか、レギオンの体は細長く変形し、ヤモリのような細長い姿に変貌していた。そして体の至る所の内部が、燃え盛る溶岩のように赤く燃え盛っている。ふと見ると、薄い皮膚の中で、大きな異物がレギオンの内部でうごめいている。
先ほどの戦いで飲み込まれたサイファーが、内部でなおも生きのび、火炎で内部を焼き尽くそうとしているのだ。
全身を焼かれる苦痛で、レギオンはわめき散らしながら、なおも侵入者を排除しようとレオンとサキに襲いかかる。
「冗談じゃないぜ! 逃げ場所もないってのに!」
できるだけ距離を取ろうとした二人だが、疲労がついに極限にまで来たのか、サキがふらついて回避が遅れた。
怒り狂った猛獣の前で、それは致命的だった。
「ああっ!!」
レギオンは大口を開け、サキを飲み込んでしまった。すぐに咀嚼が始まり、体の奥へ奥へとサキの体を送り込もうとする。
「なんてことだ……! サキ!」
レオンは、予備のナイフを取り出し、レギオンの口に飛びついた。ナイフで中をまさぐり、邪魔立てする舌を切り刻み、サキの腕を掴んだ。
負傷した全身が悲鳴を上げるのも聞かず、力の限り彼女の腕を引っ張る。が、飲み込もうとする力の方がはるかに強い。
「こんなところで、諦めるな! サキ!」
「レ……オン……」
サキの反応は、中から、弱々しく相方の名を漏らすのみだった。
最愛の相棒の命が、深い闇の中へと飲み込まれようとしている。
レオンは無我夢中でサキの腕を引っ張り、邪魔をする肉塊を切り刻み続けた。
「認めねぇ! お前が居ないSILENなんて……俺は絶対に認めねぇぞ!」
レギオンの肩の皮膚を突き破り、火炎に包まれたサイファーが飛び出してきた。
「ちくしょう!」
グロックの最後の3発をサイファーに向かって撃ち放つが、全て防御され、返すサイファーのかぎ爪でグロックをたたき落とされる。
続くサイファーの斬撃が、レオンの視界を覆う。彼は死を覚悟した。
(サキ……すまん……!)
その刹那——それは起きた。
頭上から閃光弾のようなまばゆい光が突き刺さり、それはレオンを殺そうとしたサイファーに命中した。
光弾は防御したかぎ爪をへし折り、ボディを貫き、爆発すると一瞬で満身創痍になったサイファーを遠くへ弾き飛ばした。
「なっ!」
レオンが状況を掴めないうちに、新手の光弾が降り注いだ。強大なエネルギー弾と思われる3発の閃光弾は、レギオンの腹と胸に命中し、レギオンの内部で爆発した。
『グギャアアアアアアアオオオ!!!』
悲鳴をあげ、レギオンは気持ち悪いとでも言うように、腹の中の内容物を吐き散らす。
「サキ!!」
その嘔吐物の中に、サキを見つけると、レオンは駆け寄って彼女を介抱した。
何が起きたのか、皆目見当がつかない……。だが、これは何者かからの応援であることは確からしかった。
レオンの脳裏にある言葉が浮かぶ。
「まさか……」
頭上を見上げると、マントで全身を覆った小さな子供が浮かんでいた。身長120cm程も無い、小さな体だった。片手をあげ、呪文を詠唱して新しい光弾を生み出そうとしている。その背中には、レオンやサキと同じ、大きな大天使の羽があった。
その子供は、レオンを見ると、透き通った声で言葉をかけた。
「待たせたな……」
「お前は……!」
レオンが問いかけを終える前に、もう一体のサイファーがレギオンの体をぶち破り、跳躍して今度はその子供に襲いかかろうとした。
するとその子供はサイファーのかぎ爪の攻撃を素手でいなし、素早い口調で呪文を唱えると、サイファーの額に手を当て、宣言した。
『即死せよ』
途端、サイファーの動きが止まり、次の瞬間、サイファーの頭部が弾け飛んだ。
「なっ……!」
唖然とするレオンに、小さな大天使が言う。
「撃て。天使銃を」
「なに?」
「今なら撃てる。レギオンに天使銃で止めをさせ。あれを葬り去るには、それしかない。」
急いで天使銃を取り出し、銃身を見ると、二重の安全装置を意味していた赤いLEDランプの光が消えてなくなっていた。
「……消えてもらうぜ! 化け物!」
レオンは撃った。天使銃を。確実な射撃の反動……銃弾はレギオンの額に命中した。
『ギィヴァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
今までで最大の叫び声が辺りに轟いた。レギオンはうめきながら四肢をばたつかせ、やがてその巨体が徐々に軟体化し、泥のように溶けはじめた。
「なんだ……これは?」
それまで、9ミリのパラベラム弾をいくら叩き込んでもびくともしなかった魔獣が、たった一発の弾丸によって絶命を迎えようとしている。
七転八倒し、わめき散らすレギオンだが、その悲鳴はやがて小さくなり、体が縮小し原型はみるみる崩壊し、最後には泥のように溶けた細胞の山が残るのみとなった。
そして、静寂があたりを包み込んだ。
サキを抱きかかえ、レオンは警戒の表情を浮かべる。だが、相手から敵意は感じられなかった。
最強のゴーストと言われる2体のサイファーを数秒で葬ったその幼い大天使は、その姿に似合わない堅い口調で、二人に声を掛けた。
「まずは……遅れたことを詫びねばなるまい。フェンリルの構成員達よ」
レオンは、掠れた声でその男に問うた。
「おまえが……コードネーム『R』か?」
To Be Continued...