エマ大公国物語・雪原の凶天使外伝

エマ大公国物語・雪原の凶天使外伝

ここは、エマ大公国の最北に位置する、ダイダロス公国。
この国は、古来より北方の異民族の侵入に悩まされており、その脅威から国民・国土を守る事が、代々の領主に課せられた責務であった。

そして、その戦力の中核である「近衛騎士団(ロイヤルガーズ)」の団長を務めていたのは、公の次女であるサキだった。
このサキという公女が団長を務めているのは、「領主の娘である」という理由では、決して無い。そもそも、公国の最精鋭部隊であるロイヤルガーズは、実力主義の世界である。
そう、サキに剣の腕で勝てる者は、公国内でも数人しかいないのだ。加えて、彼女が持つカリスマと人望、母親譲りの美貌をもってすれば、反論の出る余地など何処にもありはしなかった。

 

さて、この日、第一公女のセリーナは、妹が訓練終了後に決まって訪れる高級仕官クラブに赴いていた。他の所用で偶々近くに来ていたので、久々に家族三人揃ってのティータイムにしようという目算だった。

「サキ、今日はもう上がりでしょう? だったら、お父様と一緒にお茶に……え?」

お茶に誘う言葉を、クラブのドアをくぐりながら言うセリーナの目に飛び込んできたのは、死屍累々という表現が相応しい惨状だった。
そして、倒れている上級騎士達の中央に立っている人影の一つが、息も絶え絶えな様子でセリーナに語りかける。

「うう、セリーナ、逃げ、ろ……ガクッ」
「あれ〜〜、レオンてば〜〜もうねちゃったの〜〜? つまんにゃいの〜〜。……ん〜〜? あ〜〜!!」

舌足らずな口調で災いをもたらしていた張本人、第二公女サキはセリーナの姿を認めると、ぱっと顔を輝かせる。そして、抱き締めていた副官レオンを放り出すと、そのままセリーナにしがみつくと、胸の谷間に顔を埋める。

「おねぇさまぁ〜〜〜」

呆気に取られていたセリーナだったが、自分にしがみついたまま甘えた声を上げた妹に、次の瞬間、はっと我に返る。そして、大慌てでサキを問詰める。

「ちょ、ちょっと、サキ、あなた、もしかしてお酒を……」
「だ〜いじょ〜〜ぶれすよ〜〜このくらいにゃったら〜〜、じぇ〜んじぇん酔ってにゃいれすよ〜〜〜〜しょんにゃ事より〜〜」

いつの間にか、サキの瞳は涙目になっていた。

「ロイ宰相が〜〜私を見て逃げ出したんれすよ〜〜〜私って〜しょんにゃに怖いんれすか〜〜?」
(ロ、ロイ〜〜!! あたなは一体サキに何を飲ませたのよ〜〜!! しかも真っ先に逃げ出したわね〜〜!!)

セリーナの脳裏には、どこか人を喰った様な冷笑を浮かべる宰相の姿が思い浮かんでいた。昨日ロイが今の時間を指して、近衛騎士団団長との非公式の会談を持ちたい、と話してしたのを思い出していたからだった。
その”非公式会談”が無事に終わったのかどうか定かでは無いが、どこをどう間違ったのか、サキは今こうして酒乱ぶりを発揮している……
セリーナは、ここまでの思考をほんの数秒でまとめると、何とか宥めよう声をかける。

「サキ、あなたは十分に可愛いと……」
「やっぱり、やっぱり、私にゃんて……うう、どうせ私は化け物みたいにゃ怪力大女れすよ〜〜、う、う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」
「きゃぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!! ひ、人の、話は、最後、まで……ガクッ」

サキは、セリーナの言葉も耳に入らず、凄まじい力で彼女を抱き締める。
セリーナはというと、悲鳴を上げながら、サキの副官の後を追うように、意識を手放していた。

「あれ〜〜? お姉さまぁ〜〜? お姉さまも〜〜もう寝ちゃったんれすか〜〜? 起きてくらさいよ〜〜」

サキは、当惑したような無邪気な声で、気絶したセリーナを揺する。もちろん、起きる筈も無い。幾ら揺すっても起きない事を悟ったサキは、不満げに頬を膨らませると、クラブのソファに横になる。

「みんにゃねちゃった〜〜つまんにゃいの〜〜じゃあ私もねるぅ〜〜おやしゅみにゃしゃ〜〜い」

そして、数秒も経たないうちに、寝息を立て始める。気絶したセリーナを抱き枕にしたまま……

 

翌日……

「うう、気持ち悪い、頭が痛い、体がだるい……あ、あの、お姉さま、昨日は一体何があったのですか? クラブでジュースを飲もうとした後の事が、全く記憶に……」

無いのですが……と続けようとしたサキは、姉の苦虫を噛み潰したような顔に、何があったのかを察っし、その顔を青ざめさせた。

「え? ま、まさか……また酔って……」
「ええ、レオンから話を聞いた所によると、ロイが持ってきたお酒を、サキがジュースと間違えて飲んでしまったらしいわね。で、結果、例によって例の如し……と」
「ご、ごめんなさい……お姉さま……あれがお酒だって事は知らなかったから……」
「わたくしの事は良いとして、騎士団のみんなには、ちゃんと話しておきなさいね。痛い想いをさせてしまったのだから。それとサキ、あなたも少しは世間という物を知りなさい。でも……それにしても……」

世間知らずな妹をたしなめていたセリーナは、ふと視線を落す。

「あの男、こうなる事を知っていて、この酒を差し入れたのかしらね……」

落とした視線のその先は、彼女の腕に抱えられている瓶に向けられていた。
その瓶のラベルからして、一見するとジュースにも見える。が、郷土の名産品を知る者であれば、”イーグレット”と書かれている瓶の中身の正体は周知の事だったのだから。

 

「話を聞こうか……」

公爵執務室に、ダイダロス公の重々しい声が響き渡る。
公の前には、ロイが直立不動で佇んでいる。その理由はもちろん、前日の”サキに酒を飲ませ、騎士団を戦闘不能状態にした件について”である。

「わたしに教えてくれる者は、誰もおりませんでしたからな。第二公女が酒乱……と、失礼。酒に弱いという事を……」

いけしゃあしゃあと言うロイに、公はますます苦い顔になる。
それを気に留めた様子も無く、ロイは言葉を続ける。

「まあ、よしんば、それを知っていたと仮定しましょう。ですが、それでもわたしは逃げましたよ。ええ。勝てないと分かっている上、後の展望も無い戦いに望んで身を投じるのは、無謀を通り越して愚の骨頂という物ですから」

……宰相ロイ、彼は、その冷徹さと人当たりの悪さで、騎士、特に近衛騎士団の古参の上級騎士達と、非常に折り合いが悪い。
今回の件が、不慮の事故だったのか、ロイに仕組まれた物だったのか……その真相は、”当人のみぞ知る”という所だろう。

備考:
ダイダロス公国最大の特産物は、高冷地で栽培される果物である。そして、その果物を使った各種果実酒の生産量は、エマ大公国内で最大を誇る。

中でも桜桃(サクランボ)酒の最上級銘柄「イーグレット」のラベルには、愛馬に騎乗して馬上槍(ランス)を構える第二公女のシルエットが描かれている為、味と第二公女人気との相乗効果で常に品薄状態。当然、公爵御用達の品だが市販もされている。
「イーグレット」の名前の由来は、第二公女の愛馬の名前から。

その当事者たる第二公女が酒乱である事は、あまり知られていない。……半ば、公然の秘密と化している気もするが。

-FIN-

(註:「イーグレット」とは、英語で「白鷺」の意味)

 

あとがき
初っ端から酔いどれ……エマ大公国物語を僕が書くと、やっぱりこうなってしまいますね。(汗)

ダイダロス公のイメージは↓
http://lion.zero.ad.jp/~zau95457/hpjpeg/gazo19.jpg
ラングリッサーIIIの「レイモンド子爵」です。鎧を着て戦場に立てば、こんな感じになります。


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